白雪姫に極甘な毒リンゴを

「桃ちゃ~ん、聞いて!」

「どうしたの?ムササビ六花」


 教室に着くなり、
 手を広げて桃ちゃんのところに駆け寄った。


「ねえ、なんでムササビなの?」


「だって、『桃ちゃん、聞いて~』って
 来るときは、
 だいたい目をウルウルさせて
 手を広げてくるじゃん。

 ムササビがこっちに向かって
 飛んでくるのかと思っちゃうよ」


「桃ちゃん、私は夜行性じゃないですよ。
 夜だって、10時には寝ているもん」


「それ、早すぎじゃない?
 で、六花。
 話したいことがあるんでしょ」


 そうだった……
 桃ちゃんに聞いて欲しいことが2つ。


 嬉しいことと、悲しいこと。


 どっちから……話そうかな……


 私の頭の中が、悲しい記憶を拒絶している。

 こっちからにしよう


「あのね、お兄ちゃんが、
 ちょっとだけ丸くなったの」


「それって、太ったってこと?」


「違う、違う。
 丸くなったのは、性格の方だよ。

 今朝なんてね、
 朝ご飯を作ってくれたんだよ。

 中学から毎朝言わされていた
 『言ってらっしゃいの3か条』も、
 言わなくて良くなったし。

 学校でお兄ちゃんに話しかけて
 いいことになったし、
 門限もなくなったんだよ!すごくない?」


「へ~ どうしちゃったんだろうね」


「私はね、
 お兄ちゃんには好きな人ができたんだと思う。

 きっとその人とラブラブだから、
 私にも優しくする余裕ができたんだよ」


「良かったじゃん、六花。

 門限がなくなったってことは、
 花火大会に行けるってことでしょ!

 あとは七星くんから、
 六花を花火大会に誘うように、
 私が仕向けるだけか」


 七星……くん……


 そのワードが、脳に伝達された瞬間、
 一気に顔の筋肉が動かなくなった。


「ちょっとどうした、りっか?
 急に暗い顔して!」


「花火大会は……もういいよ……」


「え? 突然どうした?」


「七星くんに……フラれたから……」


 私の口から出た言葉が、
 あまりにもショックだったみたいで、
 桃ちゃんも顔面蒼白。


「え? 意味が分からない。

 だって七星くん、
 昨日六花にお弁当作ってくれたじゃん。

 好きでもない子に、
 あんな手の込んだお弁当作らないでしょ。

 それに、お揃いの星のネックレス
 もらったって……」


「昨日、お弁当の袋にカード入れたでしょ。
 『好きな人いますか?』って書いて。

 その下に、書いてあったんだ。
 クルミちゃんの名前。
 
 花火大会に誘う前に、
 わかって良かったかも。

 だって、花火見ながら告白したのに
 振られちゃったら、
 私一生、
 花火大会に行けなくなっちゃうからね」


 桃ちゃんを心配させたくなくて、
 フフフと笑ってみた。


 大丈夫! 

 私、人前では絶対に泣かないから。 


 泣かないって決めているから。


 って、桃ちゃんの方が泣いているし。


 桃ちゃんが泣くと、
 私も泣きたくなっちゃうよ。


 私の悲しみもこらえきれなくなって、
 教室の一番後ろの席で、
 桃ちゃんと二人でヒックヒック泣いた。


 
「六花のせいだからね。
 教室で私が泣くとか、ありえないんだから」


「桃ちゃんが、先に泣いたじゃん」


「その前から、六花の瞳に涙がたまってました」


 結局泣きながら、
 笑いながら、二人で冗談を言い合った。


 休み時間に、
 七星くんと目が合った。


 前は私を見て笑ってくれるだけで、
 すごく嬉しかったのに、
 もう七星くんの笑顔……見たくない。


 その笑顔を見ている間は、
 失恋の傷は癒えそうにないから。


 七星くんが笑いかけてくれても、
 私は見なかったふりをすることに決めた。

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