白雪姫に極甘な毒リンゴを
俺は真っ白なシャツのボタンを留めおえると、
低い声で十環に話しかけた。
「七星に他に好きな人がいるって
勘違いした六花が、
家で泣いていた時があってさ……。
その時、どうしても
自分の気持ちが抑えられなくなって……
六花のこと、抱きしめちゃったんだよね……」
十環にすっげーびっくりされるかと
思ったけど、
顔色一つ変えず、うなづいている。
「でさ、六花に言われたことが衝撃すぎて、
俺さ、どう六花に接していいか
わからなくなった」
「なんて言われたの? りっちゃんに」
十環に聞いて欲しいと思ったのは俺なのに、
六花の言った言葉を、
自分の口から発するのが怖くなった。
十環はそんな情けない俺の口が開くまで、
優しく微笑み待ち続けてくれている。
俺は深呼吸をして、ようやく声を発した。
『私のこと、嫌いでもいいから……
この家から……追い出さないで……
お金がたまったら……
自分から出てくから……
もう少しだけ我慢して……私がいる生活……』
六花に言われたときの
ショックが大きすぎて、
一晩中、この言葉が頭の中を
グルグル回り続けていた。
だから一言一句覚えている。
それを告げた時の六花の口の動きも。
切なそうな表情も。
「十環の言う通りかもな。
あの家を出た方がいいのは、俺だよな」
俺の言葉に、
いつも落ち着きがあって
笑顔を絶やさない十環が、
アタフタと取り乱し始めた。
「そ……それは……
俺があの時にどうかしていて……
何も考えずに口にしちゃっただけだから。
気にしないでって言ったじゃん」
「俺さ、
自分のことしか考えてなかったわけよ。
六花への思いが抑えられなくなるから、
あえて六花にひどいこと言って。
誰かに取られたくないから、
ダサダサな格好させて。
門限作って。
スマホも持たせないようにしてさ。
そりゃ、六花の奴、
俺のこと大嫌いになって当然だよな。
俺、六花が小さい時からずっと、
アイツのこと傷つけてる。
母さんが死んだときも、
すっげー酷いこと言っちゃったんだよ。俺」
十環は俺をまっすぐ見つめて、
落ち着いた声で聞いてきた。
「なんて、言っちゃったの?」
「母さんが死んだのは、六花のせいだって」
いつもにこやかな十環も、
今の言葉を聞いて微笑むのは無理のようだ。
そりゃそうだよな。
小学校1年で、
自分の目の前で母親を亡くした六花。
その苦しみだけでも計り知れないのに、
俺の心無い言葉で、
どれだけ傷つけてしまったんだろう。
そして今でも、
その心の傷は癒えていないんだと思う。
瞳をゆっくりと開けた十環が、
穏やかな瞳を俺に向けた。