【現代異類婚姻譚】約束の花嫁 ~イケメン社長と千年の恋~
まず、感じたのはその広い背から伝わる温もりだった。
あたりを見渡すと目がチカチカするくらい鮮やかな錦のような色の洪水――。
しばらくして、それが山を覆う紅葉だと気づいてからも、百合はしばらくの間、ただただ周りを見渡してばかりいた。
夢の中独特の『誰か』の目を通してモノを見ている感覚。
――ああ、これは夢なんだ。
すぐにそう気づいた百合だったけれど、夢とはにわかに信じられないほど五感は冴えわたっていて、自分を背に負っているその男の息遣いや脈拍までが密着した身体を通して伝わってくる。
――あったかい、背中……。
子供の頃、両親に抱きしめられたり、おんぶしてもらった記憶――温もりに包まれた、甘やかな記憶がよみがえる。
祖母の笑顔、家の前の田んぼ、畑、初めて抱っこした仔犬。
懐かしい遠い日の記憶がふいに浮かんできて、ただただ切なさがが急にこみあげてくる。
思わず、男の肩を握っていた手に力がこもった。
『……どうした?』
低いけれど温かみのある澄んだ声で男が尋ねた。
茶色の少しウェーブした髪が陽に透けて金色に光っている。
『……里が恋しいか? 俺と一緒にいくのが厭か?』
歌うようにそう言った男が肩越しに百合を振り返った。
――男と目が合った……と思った、その瞬間に目が覚めた。
「……変な夢」
麻のような薄い布地を通して伝わってくる男の背中の厚みや温もりが目覚めた今でも生々しく思い出されてくる。
目覚めた後までハッキリと内容を思い出せるようなリアルな夢を見たのは久しぶりだった。
自分でも忘れている小さい頃の記憶がふいによみがえったのだろうか?
でも、それにしては百合を背負っていた男が誰なのか、思い当たる人物がまったく思い浮かばない。
記憶の中の父や祖父の背中とは違う。がっしりとした筋肉質の大きな背中。
――あれは、一体誰?
カーテンを細目に明けると、まだ外は真っ暗。
二月の中旬、日の出が遅いこの季節は六時過ぎではまだ日もささない。
何とはなしに心細いような気持ちを振り払いたい一心で、部屋の照明とテレビをつけると、百合は身支度に取り掛かった。
昼休みをとうに過ぎたオフィス街のコンビニは人もまばらだ。
出張に出かける上司のための資料作成や諸々の準備で昼休憩を取りそこねた百合は財布を片手にビルの一階にあるコンビニに飛び込んだ。
サンドイッチは軒並み売り切れ、おにぎりはあと数個を残すのみ……。
考えるのも面倒で、ふと目にとまったツナマヨおにぎりにフラフラと手を伸ばした……その時。
ツナマヨおにぎりを掴んだ百合の手に大きな手が重なった。
「……!? すみませ……」
急いで手を引っ込めようとしても、その大きな手は百合の手に被さったまま、びくとも動かない。
『ええええええ……』
恐る恐る、百合はすぐ隣――自分の手を掴んでいる相手の顔を覗き見た。
まず、印象的だったのは、切れ長の涼やかな瞳。
ゆるくウェーブした茶色の髪が軽くかかった額から、高い鼻梁、男らしい鋭角の顎の線を描く完璧なライン。
少し驚いたように開かれた唇の程よい厚みが何とも言えない魅力を放っている。
モデルか、俳優か?と思うような、いわゆるイケメンがそこにいた。
「……こちらこそ、すみません」
落ち着いた少し低めの、深い声――。
百合の手に覆い被さっていた自分の手をそっと離すと、その男性はすまなさそうな顔を浮かべて言った。
「――少し、考え事をしていて……。失礼しました。これは、」
そう言いながら、男性は改めてツナマヨおにぎりを手に取ると、それを百合の手に握らせた。
「あなたに……お譲りします」
にこ、と笑って背筋を伸ばした男性は百合からみたらかなりの大柄――180センチは超えていそうな長身だ。
「えっ……いえ、あの……」
「……お昼、まだなんでしょう? お仕事大変ですね」
見も知らぬ百合を労うような言葉をかけるとニッコリ笑った。映画俳優のような爽やかな笑顔だ。
「あ、ありがとう……ございます」
百合がそう言うと、男性は軽く会釈をしてから、くるりと身をひるがえしてレジ前を通ると足早に店を出て行ってしまった。
あとに残された百合といえば、ツナマヨおにぎりを握ったまま、あっけにとられて見送ることしかできなかった。
あたりを見渡すと目がチカチカするくらい鮮やかな錦のような色の洪水――。
しばらくして、それが山を覆う紅葉だと気づいてからも、百合はしばらくの間、ただただ周りを見渡してばかりいた。
夢の中独特の『誰か』の目を通してモノを見ている感覚。
――ああ、これは夢なんだ。
すぐにそう気づいた百合だったけれど、夢とはにわかに信じられないほど五感は冴えわたっていて、自分を背に負っているその男の息遣いや脈拍までが密着した身体を通して伝わってくる。
――あったかい、背中……。
子供の頃、両親に抱きしめられたり、おんぶしてもらった記憶――温もりに包まれた、甘やかな記憶がよみがえる。
祖母の笑顔、家の前の田んぼ、畑、初めて抱っこした仔犬。
懐かしい遠い日の記憶がふいに浮かんできて、ただただ切なさがが急にこみあげてくる。
思わず、男の肩を握っていた手に力がこもった。
『……どうした?』
低いけれど温かみのある澄んだ声で男が尋ねた。
茶色の少しウェーブした髪が陽に透けて金色に光っている。
『……里が恋しいか? 俺と一緒にいくのが厭か?』
歌うようにそう言った男が肩越しに百合を振り返った。
――男と目が合った……と思った、その瞬間に目が覚めた。
「……変な夢」
麻のような薄い布地を通して伝わってくる男の背中の厚みや温もりが目覚めた今でも生々しく思い出されてくる。
目覚めた後までハッキリと内容を思い出せるようなリアルな夢を見たのは久しぶりだった。
自分でも忘れている小さい頃の記憶がふいによみがえったのだろうか?
でも、それにしては百合を背負っていた男が誰なのか、思い当たる人物がまったく思い浮かばない。
記憶の中の父や祖父の背中とは違う。がっしりとした筋肉質の大きな背中。
――あれは、一体誰?
カーテンを細目に明けると、まだ外は真っ暗。
二月の中旬、日の出が遅いこの季節は六時過ぎではまだ日もささない。
何とはなしに心細いような気持ちを振り払いたい一心で、部屋の照明とテレビをつけると、百合は身支度に取り掛かった。
昼休みをとうに過ぎたオフィス街のコンビニは人もまばらだ。
出張に出かける上司のための資料作成や諸々の準備で昼休憩を取りそこねた百合は財布を片手にビルの一階にあるコンビニに飛び込んだ。
サンドイッチは軒並み売り切れ、おにぎりはあと数個を残すのみ……。
考えるのも面倒で、ふと目にとまったツナマヨおにぎりにフラフラと手を伸ばした……その時。
ツナマヨおにぎりを掴んだ百合の手に大きな手が重なった。
「……!? すみませ……」
急いで手を引っ込めようとしても、その大きな手は百合の手に被さったまま、びくとも動かない。
『ええええええ……』
恐る恐る、百合はすぐ隣――自分の手を掴んでいる相手の顔を覗き見た。
まず、印象的だったのは、切れ長の涼やかな瞳。
ゆるくウェーブした茶色の髪が軽くかかった額から、高い鼻梁、男らしい鋭角の顎の線を描く完璧なライン。
少し驚いたように開かれた唇の程よい厚みが何とも言えない魅力を放っている。
モデルか、俳優か?と思うような、いわゆるイケメンがそこにいた。
「……こちらこそ、すみません」
落ち着いた少し低めの、深い声――。
百合の手に覆い被さっていた自分の手をそっと離すと、その男性はすまなさそうな顔を浮かべて言った。
「――少し、考え事をしていて……。失礼しました。これは、」
そう言いながら、男性は改めてツナマヨおにぎりを手に取ると、それを百合の手に握らせた。
「あなたに……お譲りします」
にこ、と笑って背筋を伸ばした男性は百合からみたらかなりの大柄――180センチは超えていそうな長身だ。
「えっ……いえ、あの……」
「……お昼、まだなんでしょう? お仕事大変ですね」
見も知らぬ百合を労うような言葉をかけるとニッコリ笑った。映画俳優のような爽やかな笑顔だ。
「あ、ありがとう……ございます」
百合がそう言うと、男性は軽く会釈をしてから、くるりと身をひるがえしてレジ前を通ると足早に店を出て行ってしまった。
あとに残された百合といえば、ツナマヨおにぎりを握ったまま、あっけにとられて見送ることしかできなかった。