初めての to be continued…
 ふと、思って聞いてみた。
「芳子さん……自分がなに言ってるかわかってますか?」
 『一緒にいたい』って、言葉の意味そのままなら、俺は耐えられそうにない。
 でも、芳子さんならありそうな気がする。

 本当は顔を見たいけど、体を離すのも嫌で、抱きしめたまま言った。
「俺、なにするかわかんないって、さっき言いましたよ」
「わかってる」

 即答だった。
 正直、驚いた。
 今までの経験から、なにをするのかをちゃんとわかってるのか疑いたくなるけど、それはどうやら杞憂のようだった。

「……あの、そのくらいはわかってるから……だから、今日は、その……お泊まりの用意、してきたから……」

 自分の耳を疑った。
 泊まり?用意?
 それは……つまり……。

「私、さっきまで、帰るつもりだった。用意はしてきたし、覚悟もしてきたけど、雄大が好きかどうかわからないままは中途半端過ぎて、結局雄大を傷付けてしまうと思ってた。でも、私、雄大が好きってわかったから、だから……」

 本当に?いいのか?
 芳子さんの覚悟はできてるらしい。

 実のところ、俺は迷っている。
 本音は、芳子さんを抱きたい。今すぐにでも押し倒したい。
 でも、芳子さんは、初めてだ。
 今日は、2人きりの時間が過ごせれば、それでいいと思っていた。
 ところが、芳子さんは、俺を好きだと言ってくれた。キスまでできた。
 今、芳子さんが俺に抱き付いてきて、そのまま俺の腕の中にいる。これだって信じられないのに。
 今日の目標なんて軽く超えていて、しかもその先に行ってもいいなんて、もう飽和状態で、どうしたらいいのかわからない。
 
「ここ、俺ん家ですよ」
「え?」
「1DKの普通の部屋です」
「うん……」
「芳子さん、初めてでしょ?」
「え?……あ、そう……だよ」
「いいんですか?初めてが、ここで。夜景が見えたり、夕日が見えたりしませんけど。ロマンチックでもなんでもない、俺ん家でいいんですか……?」

 場所だけじゃない。
 クリスマスとかバレンタインとか誕生日とかじゃない、普通の週末。普通の日。
 そういうのって、気にしないのか?

 芳子さんは、顔を埋めたままフッと笑った。

「ここ……雄大の匂いがして、雄大に守られてるみたいでね、安心する。だから、ここがいい」
 
 そうだ。芳子さんは、こういう人だった。
 気張らずに、背伸びをしなくていい。
 俺のまま、受け入れてくれる。
 体裁とか、年下とか、気にしなくていい。
 それに、何度も救われてきたんだった。

 ところが、自分のことは気になるらしい。
「あの……雄大は、嫌じゃない?私が、その、初めてで……」
 腕をちょっとゆるめて、芳子さんを横目で見てみる。

 初めてが重いと言う男もいるらしいけど、俺はそうじゃない。
 この人を独り占めできるのが俺だけだなんて、これ以上ない光栄だ。
 嬉し過ぎて、笑いがこぼれてしまう。

「俺は、全然気にしませんよ。むしろ嬉しいくらいだし」

 髪、かな。いつもいい匂いがするのは。
 手を伸ばして髪をさわってみると、ふわっと花のような香りがした。

「さっきのキスも、初めて?」
 わかっていたけど聞いてみた。
 芳子さんは、小さく頷く。
「こうやって抱きしめられるのも、頭をなでられるのも?」
 また小さく頷く。
 もう可愛いくてたまらない。
「じゃあ、こんなに可愛い芳子さんは、俺しか知らないんだ」
 今度は反応がない。
 チラッと見える耳は真っ赤になっている。多分、顔も真っ赤になっているはず。
「芳子さん、顔見せて」
 少し強引に、体を離して覗き込む。
 思った通り、顔は真っ赤だ。
 一所懸命に目を背けているのも可愛い。
「可愛い」
 思わず口からこぼれた。
 可愛い過ぎてほっぺたにキスしたら、ビクッとして目を閉じる。そのあと、恐る恐る目を開けるのも、可愛い。
 ほっぺたに手を当てて、親指でなでる。ちょっとくすぐったそうにしてるのも可愛い。
 
 可愛い過ぎて、もうダメだ。
 これ以上なにもしないなんて無理。

「この先は、もう止まれませんけど」
 キスがしたい。その先も。
「嫌だったり、痛かったりしたら、ちゃんと言ってくださいね」
 返事は聞かなかった。
 我慢できなくて、唇をふさいだ。

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