2月からの手紙

体の中が燃えているみたいに熱い。
小鳥遊くんが和奏さんと結婚すること、それはもちろんショックだし、自分に可能性がないって分かりきってたって、辛い。

でも、それ以上に怒りの方が大きいんだ。
学園祭のあと、小鳥遊くんのバイトの件で職員会議があって、相当揉めたって聞いた。
停学にするとかしないとか……。
だけど小鳥遊くんの協力がなかったらA組はパンケーキを出せなかったわけで、それと相殺ということでお咎めナシになった。
バイトは辞めることになって良かったけど、そのせいで学校辞めて働くなんて考えになっているのかもしれない。

そもそもパンケーキ事件のことだって、和奏さんのせいなのに。
好かれているからって、こんなになんでもワガママ放題なんて、絶対おかしい!
どんだけ小鳥遊くんに迷惑かけるつもりなのかと、怒りが抑えられなかった。

「えっ、未来ちゃん! どこ行くの」
「A組!!」

私は怒りに突き動かされて、和奏さんのいるA組へ向かった。


もうすぐ次の授業が始まる時間。
振り向いて走りだしたとき、A組のドアから小鳥遊くんが出てくるのが見えた。
勝手にキスとかしてきたくせに結婚とか、意味が分からないよ。
呑気な背中に、蹴りをいれたくなる。
でもまずはこっちだ。

「如月さん、ちょっといい?」

教室がざわめく。
そんなのどうでもいい。

「なに」
「いいから。来て」

和奏さんがスローモーションのように静かに立ち上がって、こちらに向かってくる。
こっちの苛立ちとは別の世界で生きているみたいなゆったりとした動きで、余計に怒りが増してくる。

廊下に出た和奏さんの腕を掴む。
今度は私がその手を引いて廊下を走る。
といってもA組はほぼ廊下の突き当りだから、ほんの数歩だけど。

おろおろするココロが目の端に映る。

「やめてよ、走れないのに」
「こんなの、走ったうちにはいらないよ」
「未来ちゃん、やめなって」

和奏さんが私をキッと睨む。
私も睨み返す。

前は突然のことで強く出れなかったけど、今日は違う。

「小鳥遊くんのこと、もう振り回さないで」
「何のこと?」
「とぼけないでよ! 小鳥遊くんが学校辞めるの、如月さんのせいなんでしょ」
「辞めるの? 慶が? 初耳なんだけど」
「嘘! 結婚するから辞めるって、じゃあ他に誰がいるっていうの?」
「結婚? ああ。そのことなら。ふうん、そっか慶辞めるんだ」
「そっか辞めるんだ、って何それ!」
「未来ちゃ……!」

和奏さんがまるで何でもない出来事みたいに言うから、私は思わず彼女の肩を突いてしまった。
その瞬間。

「え……」

和奏さんは、バランスを崩して床に倒れた。

「痛い! 痛い! 手が……手……!!」

確かに私は肩を突いた。
だけど、例えて言うならボケツッコミくらいの力しか出していなくて。
彼女のほうだって確かに倒れたけど、それはバランスを崩して座り込んだ程度の倒れ方で。
その拍子に床に手がついた、くらいのはずだ。

何をそんな大げさな、そう思ったのだけど。
痛がり方がおかしいのだ。

「ごめ……」
「大丈夫? 立てる?」
「何をしているの!?」

私とココロが和奏さんを助け起こそうとしたら、先生がやってきた。
そうだ、授業……。

「和奏!!」

騒ぎが聴こえたんだ……。
ヒーローのおでましってやつ。

ああ、この感じ。
もう私、絶対に嫌われる。

嫌われるどころか、全く視界に入っていない感じ。
小鳥遊くんは先生にも私たちにも目もくれず、和奏さんの前でしゃがみ込んだ。

「和奏、和奏、病院行こう。俺ついてってやるから」
「慶……足も痛いの」
「わかった」

そう言うと、小鳥遊くんは当たり前のように背中を向けた。
和奏さんも、当たり前のようにその背中に覆いかぶさる。

「あのっ、ごめんなさい。私がちょっと押しちゃって」
「ああ? そんなら和奏のカバン持って一緒に来い」
「えっ、あっ、はい!」

突然のことで驚いたけれど、勢いで応えてしまった。

「待ちなさい! 後藤さんの早退は認めませんよ!」
「加害者なんで、事情聴取してきまっす」
「そんなの聞いてません! ちょっと!」

先生の止める声がだんだん遠ざかる。
あとでめちゃめちゃ怒られるんだろうな。
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