2月からの手紙
*
病院なんて久しぶりに来た。
待合いロビーの椅子に座って、和奏さんの診察が終わるのを待っているのだけど。
隣に座っている小鳥遊くんが無言で、怖い。
和奏さんに怪我を負わせてしまったこと、もっとちゃんと謝らないといけないのに、どう言っていいかわからない。
ロビーは混み合っているけれど、病院だから賑やかな会話はなく、静かだ。
受付カウンターの造花や、キビキビと働く看護師さんたちの動きを目で追っては、また下を向いて膝を睨むだけの時間が過ぎていく。
怒ってるかな。
怒ってるよね。
当然だよね。
「和奏のこと」
呟くような小鳥遊くんの声が、肩越しに降ってきた。
「あ、あの、本当にごめんなさいっ」
「いや……驚いたろ、こんな大ごとになって」
「えっ」
小鳥遊くん、怒って、ない?
「いや、でも押しちゃったの私だし、やっぱり」
「状況は野崎から聞いたから」
「あ……」
小鳥遊くんが、そういってスマホを傾けた。
LINEで、ってことか。
ココロ、グッジョブ!
私は心の中で親指を立てた。
怒ってない、誤解も解けた、良かった!!
あとは和奏さんが大した怪我じゃないことを祈るばかり。
「……言うなよ」
「え? 何を?」
モヤモヤが晴れて少しスッキリした気分になったところで、小鳥遊くんが低い声で言った。
そういえば、一言目からなんだか雰囲気が重たい。
「あいつ、もう長くないんだ」
耳を疑った。
だけど訊き返せなかった。
長くないって、何?
ううん。
意味なんか分かってる。
相槌をうつ言葉すら口に出せずに、私は小鳥遊くんが話すのをただ、聞いているだけしかできなかった。
「あいつ、生まれた時から体じゅうに疾患があって、いつ死んでもおかしくない体なんだよ。骨にも問題がある」
周囲の色や、音が、どんどん霞んでいく。
小鳥遊くんの声だけが聴こえるのに、何を言っているんだろうって、どこか別の世界のことを聞いているように感じる。
「骨折しやすくなってるし、他の数値もいろいろ悪化してるから入院が必要ってずっと言われてたんだよ。だけど学園祭参加したいとか、まだまだ学校行きたいってワガママ言ってて、それで冬休みから入院って話になってたんだけどな、案の定ってやつだよ」
骨……折しやすい。
そうか、あの痛がりかた、骨折しちゃったんだ。
あんなちょっとのことで折れちゃうって、どんだけ。
そうか、走れないって言っていたのも、そのせいで……。
「あいつ、入院したらもう退院できないってわかってんだよ」
「そんな……骨折治ったらまた」
「普通の状態すら維持できない骨、治るまで何か月かかると思ってんだ」
「……そんなに?」
「っつーか、治るのが先か死ぬのが先かって状態だよ」
「やだ、そんな怖いこと言わないでよ」
「事実そうなんだから、しょーがねーんだよ。もう……時間がないんだ」
ちっとも頭で理解できない。
だけど小鳥遊くんのやりきれない表情が、これが嘘でも冗談でもないってことを突き付けてくる。
和奏さんが……死ぬ。
私にとって彼女は、目の前から消えていなくなっても困ることがないどころかホッとするくらいの存在だ。
なのにその彼女がもう長く生きられないと知った私の心は、全然ホッとなんかしていない。
死って、そんなに近くにあるものなの?
朝起きたら学校に行って勉強して、友達と話したりする、この普通のことが、ワガママって。
骨折したら治らないかもしれないなんて。
首の神経に、痺れるような冷たい感覚が突き抜けた。
ぞっとした。
死、は、形がなくて。
それに恐怖するということが何に対しての恐怖なのか、わからない。
だけど死というものがたまらなく怖いと思った。
わからないから怖いのかもしれない。
ひとつだけわかったこと。
私は今、初めて「人は死ぬ」ということを、理解したのかもしれない。
病院なんて久しぶりに来た。
待合いロビーの椅子に座って、和奏さんの診察が終わるのを待っているのだけど。
隣に座っている小鳥遊くんが無言で、怖い。
和奏さんに怪我を負わせてしまったこと、もっとちゃんと謝らないといけないのに、どう言っていいかわからない。
ロビーは混み合っているけれど、病院だから賑やかな会話はなく、静かだ。
受付カウンターの造花や、キビキビと働く看護師さんたちの動きを目で追っては、また下を向いて膝を睨むだけの時間が過ぎていく。
怒ってるかな。
怒ってるよね。
当然だよね。
「和奏のこと」
呟くような小鳥遊くんの声が、肩越しに降ってきた。
「あ、あの、本当にごめんなさいっ」
「いや……驚いたろ、こんな大ごとになって」
「えっ」
小鳥遊くん、怒って、ない?
「いや、でも押しちゃったの私だし、やっぱり」
「状況は野崎から聞いたから」
「あ……」
小鳥遊くんが、そういってスマホを傾けた。
LINEで、ってことか。
ココロ、グッジョブ!
私は心の中で親指を立てた。
怒ってない、誤解も解けた、良かった!!
あとは和奏さんが大した怪我じゃないことを祈るばかり。
「……言うなよ」
「え? 何を?」
モヤモヤが晴れて少しスッキリした気分になったところで、小鳥遊くんが低い声で言った。
そういえば、一言目からなんだか雰囲気が重たい。
「あいつ、もう長くないんだ」
耳を疑った。
だけど訊き返せなかった。
長くないって、何?
ううん。
意味なんか分かってる。
相槌をうつ言葉すら口に出せずに、私は小鳥遊くんが話すのをただ、聞いているだけしかできなかった。
「あいつ、生まれた時から体じゅうに疾患があって、いつ死んでもおかしくない体なんだよ。骨にも問題がある」
周囲の色や、音が、どんどん霞んでいく。
小鳥遊くんの声だけが聴こえるのに、何を言っているんだろうって、どこか別の世界のことを聞いているように感じる。
「骨折しやすくなってるし、他の数値もいろいろ悪化してるから入院が必要ってずっと言われてたんだよ。だけど学園祭参加したいとか、まだまだ学校行きたいってワガママ言ってて、それで冬休みから入院って話になってたんだけどな、案の定ってやつだよ」
骨……折しやすい。
そうか、あの痛がりかた、骨折しちゃったんだ。
あんなちょっとのことで折れちゃうって、どんだけ。
そうか、走れないって言っていたのも、そのせいで……。
「あいつ、入院したらもう退院できないってわかってんだよ」
「そんな……骨折治ったらまた」
「普通の状態すら維持できない骨、治るまで何か月かかると思ってんだ」
「……そんなに?」
「っつーか、治るのが先か死ぬのが先かって状態だよ」
「やだ、そんな怖いこと言わないでよ」
「事実そうなんだから、しょーがねーんだよ。もう……時間がないんだ」
ちっとも頭で理解できない。
だけど小鳥遊くんのやりきれない表情が、これが嘘でも冗談でもないってことを突き付けてくる。
和奏さんが……死ぬ。
私にとって彼女は、目の前から消えていなくなっても困ることがないどころかホッとするくらいの存在だ。
なのにその彼女がもう長く生きられないと知った私の心は、全然ホッとなんかしていない。
死って、そんなに近くにあるものなの?
朝起きたら学校に行って勉強して、友達と話したりする、この普通のことが、ワガママって。
骨折したら治らないかもしれないなんて。
首の神経に、痺れるような冷たい感覚が突き抜けた。
ぞっとした。
死、は、形がなくて。
それに恐怖するということが何に対しての恐怖なのか、わからない。
だけど死というものがたまらなく怖いと思った。
わからないから怖いのかもしれない。
ひとつだけわかったこと。
私は今、初めて「人は死ぬ」ということを、理解したのかもしれない。