秘密の恋はアトリエで(前編) 続・二度目のキスは蜂蜜のように甘く蕩けて
 たしかに幽霊が出てもおかしくなさそうな建物だ。
 2階建てで、1階の突き当たりに吹き抜けになった板張り床のアトリエがあり、
 地下には写真の暗室がある。

 今、この建物は授業で使用しておらず、靭也のほかに出入りする人はほとんどいなかった。

 薄暗い廊下を抜け、アトリエの扉をノックする。
 返事がないのでそっと扉を開けて中に入ると、靭也がひとり、大きなキャンバスと向き合っていた。

 靭也が絵を描くときの、いつもの張りつめた空気がアトリエに満ちている。

 深い蒼色(あお)を背景に抱きあう男女……

 男性に抱きすくめられた女性がこちらを向いているけれど、まだ表情は描かれていない。

 イーゼルの上の絵はとても静謐な印象なのに、同時に燃えるような官能が内在していて、それが靭也独自の世界を形成している。

 相反するものが反発せずに、かえって相乗効果をあげていて、人を虜《とりこ》にする魅力を醸しだしている。

 〝新進気鋭の画家〟というコピーは誇張でもなんでもない。
 靭也の才能は正真正銘の本物だ
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