秘密の片想い

 足取り重く武内所長の元に歩み寄ると、にこにこしている武内所長が私へ告げた。

「上野さん、三嶋くんとは希望生命に勤めていた時の同期だったんだってね」

 ああ、どうしてそれを。

 心の中でぼやいてみても、どうにもならない。

 努めて平静を装い、返事をする。

「はい」

「知り合いの方が三嶋くんも心強いだろうから、上野さん、所内の案内してもらえるかな」

 知り合いではありません。
 そう言ってしまいたい気持ちを、心の奥底に押し込んで「はい」と短く返事をした。

「よろしくお願いします。上野さん」

 朝の馴れ馴れしさは、どこへやら。
 三嶋は、社会人らしく敬語を口にし、会釈をした。

 面食らいつつも、他人行儀の方が私も助かると、胸を撫で下ろす。

「では、こちらへ」と三嶋を促し、指名された案内係に徹することにした。
< 7 / 89 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop