イルカ、恋うた
「あのな。運転席の後ろが一番安全なんだよ。だから、お偉いさんはそこに座るの」


「偉くないもん」


「東京地検 検事正のお嬢様です」


すると、彼女は悲しそうな顔をした。


父親が検事正なんて自慢にならないか?


美月はシートベルトを握り締めた。


「今だけ……今だけでいいの。パパから離れたい。もちろん、大好きだし、こんな状況で心配だけど……無断で、婚約破棄しちゃって…。今日だって、顔見たくないっていわれて……」


「……美月」


「お願い。普通の女の子みたいに、警護とかじゃなくて、好きな人といたい」


――分からない。どこがいいんだよ。こんな、つまんない平刑事。


「竜介にね、言いたいことがあるの」


「何?」


「その前に……」


それまで真顔だったくせに、急ににんまりと笑う。


なんだろう、と構えていると、


「水族館に行きたい」

と、言い出した。


「あのね、急に何だよ。ダメだ。話ならここで」


「やだ」と、駄々をこねる。


「……じゃあ、知らない。帰るからな」


「じゃあ、ここで降りる……」


美月はうつむき、膝の上で裾を握った。


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