イルカ、恋うた
それを聞いても、やっぱり俺は何も言えなかった。


係長や佐伯検事正達の、厳しい顔が頭に浮かぶ。


水色の中で、忘れられたことも、現実の世界ではどうにもならない。


イルカのペンダントをあげた時の気持ちに嘘はないのに―…


もはや、勇気がなくなってた。


美月は涙声をあらげた。


「もう、いい!」


とっさに、彼女の腕を捕まえた。


「……駐車場まで送る」


ちゃんと、今日の担当の岩居刑事のもとに届けなきゃ、という義務からだった。


事務的な態度を感じ取ったのか、彼女も口を利かなくなった。


先ほどの明るさが完全に消えてて、岩居さんは呆れたような表情を、俺に向けた。


後部座席に彼女を乗せると、車は間もなく発進した。


――俺も、会いたかった。


すでに去った車に、心の中で呟いた。


今は、検事正と十三年前の事件、婚約者だった優秀検事が、忘れられず、頭に残る。


いつかの、桜井検事の言葉を思い出した。


『警察庁長官になれるわけでもなし。平の刑事が……』


下っ端どころか、平。こうなるまで、卑屈に考えたことなかったのに…


俺は部屋に帰ると、結局置いていかれたファイルを開いた。


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