イルカ、恋うた
病院特有の臭いには慣れないものだ。


父親のことを想い、不安げに瞳をうるます彼女を見て、父さんのことが浮かんだ。


彼も最後は、この臭いと白い空間に囲まれ、一人で逝ってしまったんだろうか。


ただでさえ、憂鬱だったのに、ますます泣きたくなった。


部屋の前で、制服を着た警官が敬礼し、ドアを開けると、美月と桜井検事を入れた。


俺は警官に、ロビーにいると伝え、戻った。


杖を突く者、車椅子に座る者、点滴と歩く者、明らかに呼吸が荒い者。彼らも静観していると、自分も病みそうなほど、悲しくなった。


父さんは病院で、どんな風に過ごしてたんだろう。


隣の空いた椅子を見て、彼が自分の傍にいてくれているのか気になった。


しばらく、隣を呆然としていると、美月の白い手が視界を舞った。


「竜介?やっぱり、気分悪いんじゃ……」


「そんなことないよ。どうした?もう、終わったのか?」


美月はうつむき、口をつぐんだ。


「美月?」と静かに呼びかける。


「あのね……パパが竜介と話がしたい、って」


一緒に来た若い刑事を呼んでこい、と命じられたという。


一瞬、周囲が真っ暗に感じた。


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