イルカ、恋うた
一度だけ会った男性。

あの姿に、白髪と皺がついただけで、容姿はあまり変わってない気がした。


桜井検事は渋々、部屋を後にした。


出ていく部下の足音が遠ざかるまで、彼は無言だった。


「水島竜介。S署捜査一課所属。階級、巡査。……本庁の刑事の目には、点数という文字が見える。なぁ、お前さん、キャリア組をどう思う?」


「どう、と言われましても……」


「正直に言え。私は口が堅いつもりだが」


それでも、答えられるわけもなく…


「……じゃあ、私から話そう。
私には警視監をしていた友人がいた。職場では権力をふりかざす嫌なタイプだったが、本性は愉快な奴だった。

特に酒が入ると楽天家で、プライベートは一切、仕事の話をしないところに好感を持っていた。

が、警視総監相手だと、何も言えなくなる小心者だった。まあ、当然。

私とて、検事総長を前にすりゃ何も言えない……お前さんも、だろう?」


「……そうですね」


それしか、返答ができない自分が情けなかった。


俺はベッドの上の中年男性に強く恐怖を感じている。


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