イルカ、恋うた
「せめて、これは答えたらどうだ」


太い声で言われる。


「ええ、お綺麗です」


ただ、これは本心だった。


「桜井はいい男だ。美月の相手に申し分ない。そうだろう?」


「そうですね……」


「婚約破棄などとバカな真似を……私が、何のために、桜井が外した刑事を戻したのか……。現実を見せるためだ」


彼はギロリと睨みつけた。


「桜井が申し分ない、そう認めるんだな。ちゃんと、現実を見たということだな」


俺はただ、足元に視線を逃がした。


「……美月が好きか?」


予想してない質問に、汗が一気に背中を冷やす。


コンコン、のノックに救われた。


医師と看護師がドアをゆっくり開ける。


「佐伯様。すみませんが、検査のお時間です。よろしいですか?」


ああ、と彼は唸るような返答をした。


看護師が、作業に入る。


血圧測定器と体温計を用意する。


俺はその間をぬって、ドアの前で一礼すると、部屋を出た。


どっと顔から汗が吹き出す。


すでに濡れた背中のシャツは張り付く。


シャツの裾で、額を拭った。


俺は廊下を足早に歩き、ロビーに出ると、美月は同じ席に座っていて、隣に桜井検事もいた。

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