イルカ、恋うた
「いいか、言われたこと以外はするなよ」
と、しつこいくらい念を押す。


俺は岩居から、その女性の写真と、紙を渡された。


確かに美人だった。


瞳はくっきり二重で、まつ毛も長い。


カメラ目線の、うるんだ感じは、可愛いらしい上に、優しい印象を与える。


唇もふっくらしてる、ピンク色。


隣の父親と腕を組み、寄り添う姿は、親しみを覚える。


紙には、彼女の身の上が、簡単に書かれていた。


『佐伯検事正の長女。兄弟姉妹なし。母は、癌で数年前に他界。
歳は、二十四歳』


「一コ下くらいか……」


―え?


心臓の音が、岩居に聞こえたんじゃないかと、不安になった。


それくらい、胸が鳴った。


名前 佐伯 美月。


美月?

この名前は―…


イルカの水槽に吸いついていた少年と、唐突に声をかけてきた少女を思い浮かべた。


まさかな…。こんな偶然。


呆然とする俺の肩を、岩居さんが叩く。


「おい。ぼーっとするな。これから、本物を迎えに行くんだ。手を出すなよ。婚約者も一緒らしいからな」


その痛みは、肩ではなく、胸に響いた。


あの少女と決まったわけでもなければ、顔だって覚えてないのに…
< 24 / 224 >

この作品をシェア

pagetop