イルカ、恋うた
岩居さんは口をつぐんだかと思えば、こちらを見て「り、竜介」と振ってきた。


言い辛いことも、当事者にはしっかり伝えろ、って指導したのは、岩居さんだ。


本庁に採用されない理由が分かる気がした。


仕方なく、伝えようと思った。


佐伯美月は涙を溜めた瞳で、こちらを見てくる。


ああ、言いにくい…


ためらっていると、彼女から声を発した。


「りゅ、う……すけ?」


―え?


俺は反応できなかった。


彼女はまた、「竜介」と呼んだ。


俺は聞き流した。


「…佐伯検事正は、大変申し訳にくいんですが、意識不明です。詳しいことは、医師に聞いてください。まだ、希望はあります。取り乱さないでください」


佐伯美月は、壁に置いてた手を、こちらに伸ばしてきた。


が、男性の声で止まった。


「美月!」


桜井検事は駆け寄り、「急ごう」とその手を握った。

岩居と桜井検事の間を歩くようにして、彼女は横を通り過ぎた。


彼女の視線を感じて、顔を背けた。


完全に過ぎると、ため息を吐いた。


一度視線を上げると、目の前の水槽で、イルカが踊るように、舞っていた。

あの水族館じゃないのに―…
< 26 / 224 >

この作品をシェア

pagetop