イルカ、恋うた
「あ、あの…お嬢さん?」

「イルカは……?」


単に感想を求められたと思い、

「え、ああ。可愛いですよね」

と答えた。


「違う!私達の思い出の…」


彼女はまた、胸に飛び込んできて、すがるように顔を上げる。


「……人違いです。検事正の情報は受けてました。じゃあ、これから身辺警護を担当させていただきます。短い間になりますが、よろしくお願いします」


冷静を保ち、自分から離れた。


それから、握手をしようと、事務的に手を差し出した。


美月は握らなかった。


それどころか、不意に胸ぐらを掴まれた。


「な、何!?」


「ネクタイ、曲がっていました!」


ネクタイの結び目から手を話すと、小走りで踵を返した。


これでいいんだ。このまま、被害者の娘、刑事でいる。


去っていく女性の背を見送っていた。


美月の目先にいた桜井検事が、彼女の肩を抱いた。


俺に対して、軽く頭を下げる。


何かを諭しているような気がして、憂鬱になった。
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