イルカ、恋うた
彼女等の乗るタクシーに従うかたちで、後ろで車を走らせた。


赤信号に差しかかった時、岩居さんが前方を向いたまま、話しかけてきた。


「別にさ。彼女は何も期待していたいかもしれないだろう?

もしかしたら、友達になってほしい、婚約祝ってほしいとか、そんなもんだろ。

桜井検事に気兼ねしなくていいじゃない」


それは俺だって、そう思ったさ。


おめでとう、ってちゃんと言ったし…


イルカ…


今更、イルカの思い出を語って…


あ、絵?…あれは、絵のことを訊いたのか?

今更、絵を返せとか?

何だろ?…何か忘れてる…


それが何か分かったら、絵を返したら、あの子は納得するんだろうか?


いや、俺には彼女と過去を話す勇気はない。


失った父を思い出すという理由だけじゃなく……


桜井検事の先ほどの目が脳裏にまで染み付いてる。


俺はイルカを胸の底に追いやった。


そうさ。こっちが忘れて、黙っていれば、彼女だって同じだ。


しばらくして、佐伯検事正の家に着いた。


立派な木造と瓦の門構えに、外側から見た予想、たぶん広い庭がある。


中央に構える家屋も、威厳漂う日本家屋。


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