イルカ、恋うた
どうしようか迷ったが、離れる様子もないので従った。


「美月」


彼女は「もう一回」と言う。


「美月」


すると、またせがむ。

数回繰り返した後、


「やっぱり、竜介だ。言い逃れさせないから。忘れなかったもん。水族館で、イルカの前で話した少年の声。

この間、再会した時、岩居さんが呼ばなくても、きっと気付いたわ」


喜んじゃいけないと思った。


だから、冷静に


「大袈裟だな。声がわりしたよ。さ、帰ろう」


と言った。


顔を上げた美月は、明らかに不安げだった。


「竜介。私、言いたいことが……」


正直、その内容なんか想像できない。


だけど、俺はこれ以上、彼女と会話したくなかった。


早く、ただの刑事と被害者の娘に戻りたかった。


「桜井検事が待っているかもしれない。帰ろう」


美月の腕を引き、車に乗せた。


できるだけ、顔を合わさないようにした。


美月はずっと黙ってた。


きっと、昔の、あんな一瞬のような思い出を語ることを、諦めてくれたのだと思った。


ごめん。俺は嫌なんだ。あの過去は忘れたいんだ…
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