イルカ、恋うた
佐伯検事正の意識は、まだ深い所にあった。
身体的には峠を越えた。
もしかしたら、恐怖心から本人が戻れないのではないか、意識回復を拒否しているんじゃないか、と医師は言った。
ICUは抜け、マスコミを避ける為、特別室に移されていた。
美月はほとんど毎日、見舞いに訪れていた。
彼女は結婚に向け、家事手伝いであったから、定期的に通い続けた。
桜井検事の付き添いがない時は、二人のうちどちらかが送迎をしていた。
この日、岩居さんは非番。
桜井検事は午前中、仕事だった為、俺が担当していた。
あの日から、一度も会話らしい会話をしていなかった。
どちらかと言えば、俺が避けている気がする。
拒否するような態度や空気が表に出ていたのか、美月は負かされるようなかたちで、口をつぐんでた。
針と線に、機械と繋がれた父親の手を握り、彼女は毎日「パパ」と連呼していた。
そして、応答がないまま、シュンとして病院を後にした。
ロビーで待機していた俺に、彼女は近づくだけで、声をかけてこない。
だから、気配を感じれば、俺が立ち上がり、さっさと車に案内して行く。