イルカ、恋うた
振り返って、再び向き合った瞬間、俺は硬直した。


目の前で、華奢な肩を震わせ、嗚咽を抑えるかのように、顔を覆う女性がいた。


俺は焦り、早口で言う。


「何でだよ。無くしてないって!持ってろって言うから、ちゃんと保管してたんだ!綺麗に返せるって!」


美月は首を横に振る。


泣きやむ様子もない。


「な、なぁ?すごいだろ?この年になってもさ。ちゃんと、約束守ったろ?親父譲りで、律義なんだよねぇ」


明るく言ってみても、やはり首振るだけ。


それどころか、嗚咽が手の平から漏れる。


場所なんて構ってはいられなかった。


気が付いたら、抱き寄せてた。


髪を撫でてやると、彼女の腕も背中にまわされた。


力なんか入ってないのに、締め付けられるような感覚だった。


ややあって、美月は顔を上げ、語りだした。


瞳の涙は止まっていたが、頬はまだ湿っている。


「竜介、私ね。あの時、言い忘れたことがあるの。ずっと、言っておけばよかった、って悔やんできた。私、あの絵を……」


彼女は一度、間を置く。


ちゃんと、目を合わせているのが嬉しいみたいで、笑顔を取り戻した。


俺は、美月の頬に残る水滴を、手で拭る。


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