イルカ、恋うた
「もう、いい。帰るぞ!」


桜井検事は首を振り、彼女の手を掴んだ。


美月は俺の名前を呼び、片手をすがるように向けた。


ただ立ち尽くしていた俺も、さすがにこの時は、身体は動いた。


彼女のその手を握り、抱き寄せた。


桜井検事は舌打ちをし、睨み返す。


「お前、分かっているのか?」


「……立場ってやつですか?」


この時、署長への恩も、刑事という仕事に対する情熱も忘れていた。


ただ、目の前の女性を連れていかれたくないと、願ってた。


「違うよ。彼女の幸せさ」


桜井検事は自信たっぷりに言う。


「幸せ?」とこちらが問えば、ますます強い口調で語りだす。


「そうさ。俺は将来、検事正なんぞ越え、最高検の検事総長まで昇りつめてやる。

しかし、お前はどうだ。警視庁の刑事にも、公安の刑事にもなれん。まさか、警察庁長官になれるわけでもなし。

平の刑事が、俺よりも彼女を幸せにする自信があるか?」


桜井検事は嘲笑う。


俺は言葉を失い、反論する威勢なんか無かった。


美月の肩から手を下ろした。


「竜介?……竜介…私はね…」


彼女が何を言おうとしているのか分からないけど、聞く気力さえ無かった。


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