イルカ、恋うた
それをごまかすように、言った。


「早く戻って休んでください」


美月は笑顔から、不満げに見据えてくる。


敬語のことだと思い、「えっと、休んで」と言い直した。


表情は変わらず、「運んで」とせがむ。


仕方なく、先ほどみたいに抱え上げた。


「へへ、お姫様……」


「自分で言うなって」


彼女は不意に、ギュッとしがみついた。


「美月?」


先ほどの恐怖が蘇ったのだと思った。


「……さらって……」


「え?」


「このまま、さらって……どこかに……」


今にも消えそうな声で、いっそ頷いてしまいたかった。


「……美月。君は優しい人だ。こんな状況で、お父さんから離れるようなことできないよ。イルカの前で出会った、あの日と変わらない。綺麗だから」


「……竜介も」


「俺は、全然。
養父母にさ、感謝してるって言いながら、どこかで早くあの家を出たかった。

思いっきり逆恨みしてたんだ。あの人達がいなければ、ずっと父さんといれたかもしれないのにって。

ガキみたい。あの人達は良かれと思って、助けてくれたのに……」


頭では分かっているし、恩返しもしたいと考えたのも嘘じゃない。

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