イルカ、恋うた
「まさか、他に好きな人がいるわけじゃないんでしょ。兄と慕う存在なら、これから進展していくわよ」


と、桜井検事の母が言う。


美月はやっと、顔を上げた。


恐怖と緊張を抑えこみ、返答した。


「私には好きな人がいます。彼がいなければ、私は確かにこのまま、結婚してたかもしれません。

でも、嘘はいけません。それに……誰より待ち続けていた人なのです。

お許しください、なんて申しません。ただ、桜井さんとは結婚できません」

再び、額を畳に付けた。


「そうですか。分かりました。佐伯検事正の娘だから、ちゃんとしたお嬢様かと思えば、随分ふしだらだこと。こちらからも、願い下げです」


彼の両親は、激昂したまま立ち去り、桜井検事は残り、腰を曲げてた彼女の身体を起こした。


「彼はどんな人で……アイツだよな。……どこで出会った?俺よりも……」


美月は、あの日の出来事を話した。


母の余命告知の後、水族館に行ったこと。


イルカの水槽の前で、少年と出会ったこと。


「イルカを見て、目を輝かせてた男の子が初恋なんだってさ」


岩居さんは、淡々としながら、どこか嬉しそうに語る。


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