イルカ、恋うた
「次に再会したら、一つに戻すの。恋人同士が帰るのよ。きっと、その時は……」


彼女はそこで言葉を止めた。


「その時は?」


顔を赤らめ、何も答えることもなく、父のもとへ戻った。


人の群れに消えていく、家族の背中をボーッと見てた。


何だったんだろう?


しばらくして、再びイルカに張り付いていた息子のもとにも、父が追いついた。


「すまんすまん。おや、その紙は?」


「預かり物」


筒状に丸めた紙を、胸元に抱えた。


―これが、美月と俺の出会いと別れ。


だが、もう一つ。


―別れがある。



すまん、と父が何度目かと詫びをした。


夫婦に、水族館の駐車場の場所を知らせ、その後のこと。


「父さん」と呼びかけた。


今なら、息子を連れて逃げられるよ。

僕はずっと、一緒にいたいんだよ。

と、伝えたかった。


「何だ?」


父の顔は疲れきっている。

「楽しかったよ。十二年間ありがとう。俺も幸せになるから、絶対父さんもね。約束だよ」


背丈を合わせるように、しゃがんだ父に小指を差し出した。


小指が触れ合うことはなかった。
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