イルカ、恋うた
「ええ、主人の事件を担当した方。お気の毒に。きっと、あのヤクザ者の仕業でしょう。拳銃を使うなんて……」


拳銃には、酷く嫌悪感があるようだ。


婦人は口に手を当てる。


「主人は仕事熱心でした。丁度、あの頃、ある少年を気にかけていました。

両親は二人とも外に恋人を作り、父親は弟ばかりを溺愛して、心を閉ざした子でした。

彼は悪仲間に入り、いわゆるオヤジ狩りをしたり、ひったくりをしたり、女友達を売春させたり、と。

でも、主人が本心を見抜きました。主犯格の少年が怖くて、抜け出せずにいたんです。彼はそう告白したそうです」


奥さんは、伊藤弁護士を一瞥してから、顔を伏せた。


「弁護士さんには、仕事の話を聞いたことがない、と言いました。嘘ではありません。でも、主人はこの子の話だけはしました。ウチは子どもがいないものですから」


「その少年も悲しまれたことでしょう」


と、伊藤弁護士は悲しみを含んだ、笑みをした。


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