マツモト先生のこと―離島で先生になりました―

4月9日

 校長先生にも教頭先生にも各学年の先生方にも、大変なご心配をかけちゃった昨日。

 低学年担当のおばちゃん先生たちや養護の先生が、「週末に女子会をやろう!」って、テキパキと計画してくださった。晩ごはんは、校長先生の奥さんが作って持ってきてくださった。たくさん話を聞いていただいた。

 いろんな人から励ましてもらって、ちょっと度胸がついた。

「ま、マツモト先生っ」

 朝一番に、職員室で声をかけた。さすがにお礼くらい言わなきゃかなって。階段でこの人に出くわさなかったら、あたし、昨日どうしてたんだろ?

 気を付けの姿勢をとっているあたしを、マツモト先生は、じぃっと見た。で、無愛想な言葉をプレゼントしてくれた。

「もう泣かんでくださいよ」
「へ? は、はい、あのっ」
「うちに妹のおるとばってん、しょっちゅう、あんげん顔ばして、はぶつっとですよ」
「は、はぶつ……?」
「ふて腐るっとですよ。ほんなこて、すぐ泣く」
「…………」

 ほー。へー。あっそう。泣き虫な妹がいるから、泣いてる女の面倒くささには慣れてるってことですか?

 あたしの中で、マツモト先生への感謝の気持ちがきれいサッパリ抹消される。俄然、負けん気が燃え上がった。

「昨日はありがとうございましたっ。もう泣きませんからご安心くださいっ。でも別にあたしそんなすぐ泣くわけじゃないですっ!」

 威勢よくタンカを切ってみた。マツモト先生、キョトンとしてる。

 よしっ、気合い入った。

 職員朝会が終わって、まずは朝の学活だ。マツモト先生よりも先に階段を駆け上がって、いざ出陣。

「おはようございまぁす!」

 元気よく教室に入った。子どもたちは、口をへの字にひん曲げて、みるみるうちにベソをかき出した。

「先生、昨日、ごめんなさい」

 ごめんなさい、ごめんね、反省してます。口々に、みんな謝ってくる。

「いいのよ。先生こそ、ごめんなさい。大人なのに、全然、弱虫だったね。下手くそでも頑張って授業するから、みんな、よろしくね」

 よろしくお願いしますって、子どもたちは合唱してくれた。島の子は、ほんとに素直だ。小学生時代のあたしだったら、しょーもない先生だなあって見下したはずだ。話、ろくに聞かなくなってたと思う。

 一校時。世話焼きな校長先生が授業参観に来た。ひえーって感じ。そんなことしてもらわなくても、もう逃げないってば。

 校長先生が教室の後ろに椅子を持ってきて座ろうとすると、子どもたち代表のリホちゃんが挙手した。

「一分だけ作戦会議ばするけん、校長先生、教室から出とってください」

 作戦会議?

 校長先生は、おもしろそうな顔をした。

「わかったたい。作戦会議の終わったら、呼んでくれんね」

 校長先生は、ガラッと引き戸を開けて、廊下に出ていく。

 子どもたちは教卓を囲んで、声をひそめた。

「みんな、わかっとるやろ?」
「昨日みんなで話し合ったごて頑張ろうね」
「うん。タカハシ先生、大丈夫やけんね」
「今日は、うちらが協力するけん」
「先生が上手に授業ば進めきれんでも、よかよ」
「おれたちがいっぱい発表して、授業ば進めてやるけんな」

 なんじゃそりゃ。なんというかわいいことを言い出してくれるのよ、この子たちは。

 子どもたちは、あれやこれやと細かい役割分担を確認し合って、作戦会議終了。自分たちの机に着くと、せーので声を合わせて、校長先生を呼んだ。にこにこ顔の校長先生が教室に戻ってくる。

 日直さんのリホちゃんが、起立の声をかける。それでは、と、あたしは背筋を伸ばした。

「一時間目の授業を、始めます!」
「はーじーめーますっ!」

 改めまして。

 さて、頑張ろう!
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