マツモト先生のこと―離島で先生になりました―
秋編:離島でカップルになりました
九月最初の水曜日:始業式
二学期の始業式だった。全校児童が体育館に大集合! してたんだけど。教室で間に合うよね、この規模の集会。全員で三十人だもんね。
「終わったぁ……」
あたしは、思いっきり安堵のため息をついた。何が終わったかというと、校歌斉唱のピアノ伴奏が無事に終わったの!
伴奏、二学期からあたしの担当になっちゃったんだ。ピアノなんか弾けないっていうのに。だけど、こんなちっちゃな学校に音楽の先生なんているはずもない。
一学期までは、なんと保健の先生が弾いてくれてた。免許に音楽の項目があったわけでもない。まともにピアノを習ったこともなかった。さすがに申し訳ないよね。あたしもろくに弾けないけどさ。先生としての先輩に、負担を押し付け続けるわけにもいかず。
夏休み、出勤して時間を見つけては、校歌の伴奏を練習してた。子どもたちは、毎日みたいに校庭に遊びに来てたらしい。あたしのボロボロのピアノ、応援しながら聴いててくれたらしい。始業式が終わった後、みんなで誉めてくれた。
「タカハシ先生、ピアノ上手やったばい!」
「いっぱい練習しよったもんね!」
子どもたちは、ほんとに素直でかわいい。うん。ユーウツをキレイさっぽり吹き飛ばしてくれてありがとう!
いやいや、まあ、実はね。今日からまた本格的に仕事かぁ、だるいなぁ……って気持ち、なくはなかったから。新米教師六ヶ月目、まだまだ右往左往だもん。
それと、ね。もいっこ、悩みというか、戸惑いというか……。
「タカハシ先生、ちょっとよかですか?」
「ふぇっ、は、はいっ!?」
体育館から教室へ戻ろうとする途中、階段の踊り場で、あたしを呼び止めた人。マツモト先生、二十九歳。
髪は短めで、真っ黒に日焼けした、常時ジャージ男……と思ったら、今は始業式直後のスーツ姿でした。スーツ着てても、スポーツマン的な体型ってわかるんだなー。じろじろ。珍しい格好だから、つい見てしまう。それなりに、ドキドキしながら。
ドキドキするよね。あたしの彼氏さんなんです、一応。まだ付き合い始めて一ヶ月ちょい。つい一週間くらい前は誕生日も祝ってあげて、プレゼントなんかあげたりした。今、マツモト先生がつけてるネクタイ、あたしがあげたやつなの。
うん。彼氏さん、なんだけど。
「ピアノの伴奏の件で、話のあるとです」
「な、何でしょうかっ?」
無愛想。ぼそぼそしたしゃべり方。「先生」って呼び合う。ですます調、抜けない。もちろん、手をつないだことなんかない。デートしたこともない。マツモト先生の家に行ったりはするけど、それは前からやってたし。話す内容っていったら、学校のことばっか。
これってほんとにカレカノ関係? って、あたしは疑問で、下手したらユーウツにもなったりする。とりあえず、頭の中、クエスチョンマークぐるぐるなんだけど。
「タカハシ先生、これからも校歌の伴奏、続くっとでしょう?」
この口調、こういう話題。そればっか。マツモト先生って、マイペースだよね。何考えてるのか、ほんっと、わかんない。
まあ、今は勤務時間中だから仕方ないけど。
「伴奏は続けるつもりですけど」
「よぉ弾けとりました」
「えっ?」
「って校長先生が言いよりました」
あっそ。誉めてくれたのかと思ったのに。
「そりゃあ、夏じゅう練習しましたから」
「聴いとりました」
マツモト先生もずっと学校に出てきてたもんね。いろいろ作ったり修理したりするために。
例えば、一輪車用の駐輪ラック。一輪車、今までは体育倉庫の隅にゴロゴロ置かれてたんだけど、角材をいっぱい買ってきて、切って釘を打って組み立てて、二日くらいで完成させてた。サドルを引っかけて宙吊りにしてズラッと並べるラックを。
後は、ウサギ小屋の増築とか。教室のスピーカーの接触不良を直したりとか。二階の水道の出が悪いところを修理したりとか。
一校に一人ほしい便利な人材、ってマツモト先生が言われてるのは知ってる。
それに引き替え、無能なあたし。何も出来ないのの埋め合わせのために、ひたすらピアノを練習してた。マツモト先生とは、教員としての格が違う。そういうのをまざまざと見せつけられる夏休みだった。しかも、付き合ってんだか何なんだかわかんない状態だし。凹むわ、ほんとに。
でも察してはくれないんだよね、この無愛想男は。
「校長先生が言うとったとですけど、校歌の伴奏、録音せんばいけんそうです」
「はぁっ!? どうして、録音?」
「運動会のとき、外で流すための伴奏のデータが、音が悪かとです。『この際やけん、タカハシ先生の伴奏ば新しく録音し直そう』っち校長先生たちが言いよりました」
「ちょっ、な、何であたしの伴奏なんですか! 下手っぴなのに!」
「そげん思うとなら、もっと練習すればよかでしょう?」
うぅ、正論すぎる。
「……わかりましたぁ……」
「ついでに」
「はい?」
「町歌も録音してください」
「何ですか、それ?」
「この町のテーマソングです」
「町歌って言葉の意味はわかります。そうじゃなくて、何で運動会用に町歌を録音しないといけないんですか?」
マツモト先生は当然のように言った。
「こげん小さか島では、学校の運動会は、島全体でのイベントです。島内の人みんなが参加しますけん、校歌と町歌ば斉唱するとですよ。知らんかったとですか?」
知るか!
「終わったぁ……」
あたしは、思いっきり安堵のため息をついた。何が終わったかというと、校歌斉唱のピアノ伴奏が無事に終わったの!
伴奏、二学期からあたしの担当になっちゃったんだ。ピアノなんか弾けないっていうのに。だけど、こんなちっちゃな学校に音楽の先生なんているはずもない。
一学期までは、なんと保健の先生が弾いてくれてた。免許に音楽の項目があったわけでもない。まともにピアノを習ったこともなかった。さすがに申し訳ないよね。あたしもろくに弾けないけどさ。先生としての先輩に、負担を押し付け続けるわけにもいかず。
夏休み、出勤して時間を見つけては、校歌の伴奏を練習してた。子どもたちは、毎日みたいに校庭に遊びに来てたらしい。あたしのボロボロのピアノ、応援しながら聴いててくれたらしい。始業式が終わった後、みんなで誉めてくれた。
「タカハシ先生、ピアノ上手やったばい!」
「いっぱい練習しよったもんね!」
子どもたちは、ほんとに素直でかわいい。うん。ユーウツをキレイさっぽり吹き飛ばしてくれてありがとう!
いやいや、まあ、実はね。今日からまた本格的に仕事かぁ、だるいなぁ……って気持ち、なくはなかったから。新米教師六ヶ月目、まだまだ右往左往だもん。
それと、ね。もいっこ、悩みというか、戸惑いというか……。
「タカハシ先生、ちょっとよかですか?」
「ふぇっ、は、はいっ!?」
体育館から教室へ戻ろうとする途中、階段の踊り場で、あたしを呼び止めた人。マツモト先生、二十九歳。
髪は短めで、真っ黒に日焼けした、常時ジャージ男……と思ったら、今は始業式直後のスーツ姿でした。スーツ着てても、スポーツマン的な体型ってわかるんだなー。じろじろ。珍しい格好だから、つい見てしまう。それなりに、ドキドキしながら。
ドキドキするよね。あたしの彼氏さんなんです、一応。まだ付き合い始めて一ヶ月ちょい。つい一週間くらい前は誕生日も祝ってあげて、プレゼントなんかあげたりした。今、マツモト先生がつけてるネクタイ、あたしがあげたやつなの。
うん。彼氏さん、なんだけど。
「ピアノの伴奏の件で、話のあるとです」
「な、何でしょうかっ?」
無愛想。ぼそぼそしたしゃべり方。「先生」って呼び合う。ですます調、抜けない。もちろん、手をつないだことなんかない。デートしたこともない。マツモト先生の家に行ったりはするけど、それは前からやってたし。話す内容っていったら、学校のことばっか。
これってほんとにカレカノ関係? って、あたしは疑問で、下手したらユーウツにもなったりする。とりあえず、頭の中、クエスチョンマークぐるぐるなんだけど。
「タカハシ先生、これからも校歌の伴奏、続くっとでしょう?」
この口調、こういう話題。そればっか。マツモト先生って、マイペースだよね。何考えてるのか、ほんっと、わかんない。
まあ、今は勤務時間中だから仕方ないけど。
「伴奏は続けるつもりですけど」
「よぉ弾けとりました」
「えっ?」
「って校長先生が言いよりました」
あっそ。誉めてくれたのかと思ったのに。
「そりゃあ、夏じゅう練習しましたから」
「聴いとりました」
マツモト先生もずっと学校に出てきてたもんね。いろいろ作ったり修理したりするために。
例えば、一輪車用の駐輪ラック。一輪車、今までは体育倉庫の隅にゴロゴロ置かれてたんだけど、角材をいっぱい買ってきて、切って釘を打って組み立てて、二日くらいで完成させてた。サドルを引っかけて宙吊りにしてズラッと並べるラックを。
後は、ウサギ小屋の増築とか。教室のスピーカーの接触不良を直したりとか。二階の水道の出が悪いところを修理したりとか。
一校に一人ほしい便利な人材、ってマツモト先生が言われてるのは知ってる。
それに引き替え、無能なあたし。何も出来ないのの埋め合わせのために、ひたすらピアノを練習してた。マツモト先生とは、教員としての格が違う。そういうのをまざまざと見せつけられる夏休みだった。しかも、付き合ってんだか何なんだかわかんない状態だし。凹むわ、ほんとに。
でも察してはくれないんだよね、この無愛想男は。
「校長先生が言うとったとですけど、校歌の伴奏、録音せんばいけんそうです」
「はぁっ!? どうして、録音?」
「運動会のとき、外で流すための伴奏のデータが、音が悪かとです。『この際やけん、タカハシ先生の伴奏ば新しく録音し直そう』っち校長先生たちが言いよりました」
「ちょっ、な、何であたしの伴奏なんですか! 下手っぴなのに!」
「そげん思うとなら、もっと練習すればよかでしょう?」
うぅ、正論すぎる。
「……わかりましたぁ……」
「ついでに」
「はい?」
「町歌も録音してください」
「何ですか、それ?」
「この町のテーマソングです」
「町歌って言葉の意味はわかります。そうじゃなくて、何で運動会用に町歌を録音しないといけないんですか?」
マツモト先生は当然のように言った。
「こげん小さか島では、学校の運動会は、島全体でのイベントです。島内の人みんなが参加しますけん、校歌と町歌ば斉唱するとですよ。知らんかったとですか?」
知るか!