マツモト先生のこと―離島で先生になりました―
がうがう:ガールズトーク
翌朝、おかあさんは、朝のフェリーで帰っていった。遠ざかってくフェリーを一人でぼんやり見送る。ため息。あっという間だったなー、って。
結局、あたしの口からは、結婚とか転勤事情とか説明できなかった。話しても、おかあさん困るよね。娘が「就職して一年目、交際半年で出撃結婚しますか?」って問題抱えてるんだよ。
と、そのとき。あたしのジャケットのポケットで、ケータイがぶるぶる震えた。震え方のリズムからして、これ、電話だ。
ディスプレイを見たら、メーちゃんからだった。マツモト先生の妹のメーちゃんは、あたしの親友って言っていい。
「もしもしー?」
〈……タカハシ先生、今日、今から時間ある?〉
「なっ、えっ!? どしたの?」
いつも元気なメーちゃんの声が、妙に沈んでる。
〈んー、ちょっと相談したかことのあって……〉
「相談? いいよ。あたし、マツモト家に行こうか?」
〈あ、うちがタカハシ先生んちに行っても、よか?〉
「おっけーだよ」
おかあさんが作ってってくれた食べ物も、実家のそばのケーキ屋さんのクッキーもあるし。
〈じゃあ、今からそっち向かうけん〉
「わかった」
あたしは電話を切って、急いで家に戻った。
メーちゃんは、声だけじゃなく、表情も沈んでいた。珍しすぎる。おろおろしてしまう。
とりあえず、二人でキッチンのテーブルに向かい合った。紅茶とクッキーを出したんだけど、メーちゃん、ぼんやり気味で手を付けない。
「どしたの、ほんとに?」
あたしが声をかけたとき、メーちゃんはいきなり頭を抱え込んで、吠えた。
「ああぁぁぁぁぁああっ!」
「なななな何っ!?」
「ぁぁああ……もー、わけわからん……」
「な、何が、どーなってるの?」
メーちゃんはテーブルに突っ伏して、こもった声で一言。
「告白された……」
告白? って、愛の告白?
「誰から?」
がぅぅ~、と、メーちゃんは力なく吠えた。あのね、人間の言葉でしゃべってよ。
「ぅぅぅうう、どっから話そう?」
「どっからでもいいけど」
「にゃああぁぁぁああ……」
「おー、よしよし」
あたしは、怪獣になったり猫になったりするメーちゃんの頭をなでなでしてあげた。ほんと、大丈夫かな? 人間に戻っておいでー。
ちょっと冷めてきた紅茶を飲んで、クッキーを一つかじって、メーちゃんはようやく話し始めた。
「先週末、本土で中学時代の同窓会があったっちゃん。そこで再会した同級生たちと連絡ば取ったりしよって。で、そのうちの一人がね、四月からこの島の漁協に戻って来るっち言ってさ。うちはずっと島の病院やろ? そしたら、そいつ、今さらばってんとか言って……」
今さらって言い方するってことは、その人、中学時代にメーちゃんのこと好きだった? でも告白できなかった? 同窓会で再会した上に、勤め先の島が一緒ってわかって、気持ちが再燃した?
あたしが推測したことをメーちゃんに確認したら、メーちゃんはうなずいた。
「で、どうしてそんなに嘆くの?」
「嘆いとらんけどぉぉ……」
「いや、嘆いてるように見えるんだけど」
「だってだってだって、こげんこと初めてで、わけわからん……」
「初めて? って嘘!」
「嘘じゃなかし……うちのどこがよかと?」
「明るいし、元気だし、仕事できるし、ごはんいっぱい食べるし」
「ただのガサツなイナカ者やん」
「んなことないってば」
「がうがうがうがう……」
「人間に戻れー」
メーちゃんからどうにか聞き出した話によると、その同級生とは中学時代、確かにけっこう仲がよかったらしい。でも、彼は飄々としてるタイプで、恋愛にはまったく興味を示してなかった。だからメーちゃんも気楽だったらしいんだけど。
「相変わらず飄々としとったよ。全然ペース変えずにさ、実は好いとっとばってん、とか言われて。意味わからんかったってば……」
「でも、悪い人じゃないんでしょ?」
「そぃばってん……」
「せっかくの出会いなんだし、そこまで困り果てなくてもいいじゃん。まず友達感覚で話したりしてみれば?」
「告白されて? 友達感覚で? できるっち思う?」
「……無理ですね、はい」
でもさぁ、あたしのパターンから行くとね、メーちゃん。うかうかしてるうちに、外堀から埋められるよ? 気付いたら、付き合ってるって噂が立ってたりするんだよ?
そのへんは、メーちゃんもわかってるみたい。
「タカハシ先生は、うちの兄貴と、条件が合ったやろ? この島で、先生同士で、年齢も釣り合っとって。条件が揃ったら、あとは強制スクロールやん? うちも、そげんなるっちゃろか?」
「そうなるかもね」
「覚悟できとらんって……がぅ~……」
覚悟ね。そりゃそうだ。選択肢も逃げ場も少なすぎるこの島で、出会って好意持ったら、もうゴールは一つしかなくて。
「結婚かぁ……」
「うちに限っては、一生ないかもっち思っとったとに……」
「あたしはまだまだ先だと思ってたよ」
「島に残っとる同級生はみんな子持ちばってん」
「え。マジ?」
「ほら、三年生のレイラの母親とか」
「ぎぇっ、レイラママって、十六歳で即結婚したってこと!?」
「うん」
同世代なのに小学生の子どもがいるとか、すごすぎ。あたしなんか、ふわふわふらふら悩んでる最中だってのに。
「あーもう、どうしよ……」
「兄貴のこと?」
「転勤とか絡んでくるし、下手したら辞めなきゃいけなくなるかもって話で」
「タカハシ先生が思うとおりにすれば?」
「なんかそれ無責任っぽく思われないかな?」
「ばってん、後悔せんごと、しっかり決めんばいかんやろ」
「だよね。メーちゃんもだよ?」
「……がぅがぅ……」
試しに付き合ってみましたー♪ みたいな軽~いノリが通用しない世界だよ。ちょっと一緒にいただけで、付き合ってることにされちゃうこの島で、別れたら地獄だよね? いや、あたしはそれないけど。メーちゃんは、たぶんそれ怖がってるし。
あたしは半端に口を開けた。ため息と一緒に何か言おうとしたんだけど、うまく舌が回らなくて。
「がうぅ~……」
「あ、うつった」
「うつさないでよ~」
「うちは五歳の患者からうつされた」
あたしとメーちゃんは力なく笑い合って、冷めた紅茶を飲みながら、クッキーを食べた。
結局、あたしの口からは、結婚とか転勤事情とか説明できなかった。話しても、おかあさん困るよね。娘が「就職して一年目、交際半年で出撃結婚しますか?」って問題抱えてるんだよ。
と、そのとき。あたしのジャケットのポケットで、ケータイがぶるぶる震えた。震え方のリズムからして、これ、電話だ。
ディスプレイを見たら、メーちゃんからだった。マツモト先生の妹のメーちゃんは、あたしの親友って言っていい。
「もしもしー?」
〈……タカハシ先生、今日、今から時間ある?〉
「なっ、えっ!? どしたの?」
いつも元気なメーちゃんの声が、妙に沈んでる。
〈んー、ちょっと相談したかことのあって……〉
「相談? いいよ。あたし、マツモト家に行こうか?」
〈あ、うちがタカハシ先生んちに行っても、よか?〉
「おっけーだよ」
おかあさんが作ってってくれた食べ物も、実家のそばのケーキ屋さんのクッキーもあるし。
〈じゃあ、今からそっち向かうけん〉
「わかった」
あたしは電話を切って、急いで家に戻った。
メーちゃんは、声だけじゃなく、表情も沈んでいた。珍しすぎる。おろおろしてしまう。
とりあえず、二人でキッチンのテーブルに向かい合った。紅茶とクッキーを出したんだけど、メーちゃん、ぼんやり気味で手を付けない。
「どしたの、ほんとに?」
あたしが声をかけたとき、メーちゃんはいきなり頭を抱え込んで、吠えた。
「ああぁぁぁぁぁああっ!」
「なななな何っ!?」
「ぁぁああ……もー、わけわからん……」
「な、何が、どーなってるの?」
メーちゃんはテーブルに突っ伏して、こもった声で一言。
「告白された……」
告白? って、愛の告白?
「誰から?」
がぅぅ~、と、メーちゃんは力なく吠えた。あのね、人間の言葉でしゃべってよ。
「ぅぅぅうう、どっから話そう?」
「どっからでもいいけど」
「にゃああぁぁぁああ……」
「おー、よしよし」
あたしは、怪獣になったり猫になったりするメーちゃんの頭をなでなでしてあげた。ほんと、大丈夫かな? 人間に戻っておいでー。
ちょっと冷めてきた紅茶を飲んで、クッキーを一つかじって、メーちゃんはようやく話し始めた。
「先週末、本土で中学時代の同窓会があったっちゃん。そこで再会した同級生たちと連絡ば取ったりしよって。で、そのうちの一人がね、四月からこの島の漁協に戻って来るっち言ってさ。うちはずっと島の病院やろ? そしたら、そいつ、今さらばってんとか言って……」
今さらって言い方するってことは、その人、中学時代にメーちゃんのこと好きだった? でも告白できなかった? 同窓会で再会した上に、勤め先の島が一緒ってわかって、気持ちが再燃した?
あたしが推測したことをメーちゃんに確認したら、メーちゃんはうなずいた。
「で、どうしてそんなに嘆くの?」
「嘆いとらんけどぉぉ……」
「いや、嘆いてるように見えるんだけど」
「だってだってだって、こげんこと初めてで、わけわからん……」
「初めて? って嘘!」
「嘘じゃなかし……うちのどこがよかと?」
「明るいし、元気だし、仕事できるし、ごはんいっぱい食べるし」
「ただのガサツなイナカ者やん」
「んなことないってば」
「がうがうがうがう……」
「人間に戻れー」
メーちゃんからどうにか聞き出した話によると、その同級生とは中学時代、確かにけっこう仲がよかったらしい。でも、彼は飄々としてるタイプで、恋愛にはまったく興味を示してなかった。だからメーちゃんも気楽だったらしいんだけど。
「相変わらず飄々としとったよ。全然ペース変えずにさ、実は好いとっとばってん、とか言われて。意味わからんかったってば……」
「でも、悪い人じゃないんでしょ?」
「そぃばってん……」
「せっかくの出会いなんだし、そこまで困り果てなくてもいいじゃん。まず友達感覚で話したりしてみれば?」
「告白されて? 友達感覚で? できるっち思う?」
「……無理ですね、はい」
でもさぁ、あたしのパターンから行くとね、メーちゃん。うかうかしてるうちに、外堀から埋められるよ? 気付いたら、付き合ってるって噂が立ってたりするんだよ?
そのへんは、メーちゃんもわかってるみたい。
「タカハシ先生は、うちの兄貴と、条件が合ったやろ? この島で、先生同士で、年齢も釣り合っとって。条件が揃ったら、あとは強制スクロールやん? うちも、そげんなるっちゃろか?」
「そうなるかもね」
「覚悟できとらんって……がぅ~……」
覚悟ね。そりゃそうだ。選択肢も逃げ場も少なすぎるこの島で、出会って好意持ったら、もうゴールは一つしかなくて。
「結婚かぁ……」
「うちに限っては、一生ないかもっち思っとったとに……」
「あたしはまだまだ先だと思ってたよ」
「島に残っとる同級生はみんな子持ちばってん」
「え。マジ?」
「ほら、三年生のレイラの母親とか」
「ぎぇっ、レイラママって、十六歳で即結婚したってこと!?」
「うん」
同世代なのに小学生の子どもがいるとか、すごすぎ。あたしなんか、ふわふわふらふら悩んでる最中だってのに。
「あーもう、どうしよ……」
「兄貴のこと?」
「転勤とか絡んでくるし、下手したら辞めなきゃいけなくなるかもって話で」
「タカハシ先生が思うとおりにすれば?」
「なんかそれ無責任っぽく思われないかな?」
「ばってん、後悔せんごと、しっかり決めんばいかんやろ」
「だよね。メーちゃんもだよ?」
「……がぅがぅ……」
試しに付き合ってみましたー♪ みたいな軽~いノリが通用しない世界だよ。ちょっと一緒にいただけで、付き合ってることにされちゃうこの島で、別れたら地獄だよね? いや、あたしはそれないけど。メーちゃんは、たぶんそれ怖がってるし。
あたしは半端に口を開けた。ため息と一緒に何か言おうとしたんだけど、うまく舌が回らなくて。
「がうぅ~……」
「あ、うつった」
「うつさないでよ~」
「うちは五歳の患者からうつされた」
あたしとメーちゃんは力なく笑い合って、冷めた紅茶を飲みながら、クッキーを食べた。