マツモト先生のこと―離島で先生になりました―
4月5日
食料品の買い物に行ったら、どのお店も日曜定休だった。最悪。まあ、保存食系は家にあるから、別に飢えないけど。栄養バランスが偏っちゃうのは仕方ないか。
手ぶらで家に帰り着いたら、それを見届けていたかのように、ビビーッ! と玄関のブザーが鳴らされた。この下品でうるさい音、なんとかならないのかな。
「はーい?」
玄関の引き戸を開けると、お客さん。四年生のリホちゃんと、そのおとうさんらしき日焼けしまくったおじさんがいた。おじさんは、大振りのビニール袋を手に提げている。
「タカハシ先生、リホがお世話になります!」
声デカっ。おじさんはガハハッと笑って、あたしにビニール袋を突き付けた。
「何ですか、これ?」
「イッサキたい! 今朝、揚がったばっかりやけん、刺身にしても塩焼きにしても美味かですよ!」
「あ、ありがとうございます。いただいて、いいんですか?」
もちろん、と、おじさんは元気よく言ったので、あたしは袋を受け取った。ずしっと重たい。袋の口からのぞき込むと、青魚系のデカいやつが一匹まるまる入っている。
リホちゃんも交えて雑談をして、明日からどうぞよろしくと頭を下げ合って、リホちゃん父子は帰っていった。
あたしは台所に引っ込んで、イッサキという魚をシンクに取り出してみた。三十センチ定規より長い体。淡いブルーグレーにオリーブがにじんだようなカラーコーディネート。細かい鱗に覆われて、ザラザラしている。真ん丸な目はキラキラだ。
「で、これって、内臓が入ってるのよね? 料理する前に、三枚に下ろさなきゃいけないのよね?」
五年生の理科の教科書にフナの解剖のやり方が載ってる。教育実習のとき、たまたま解剖の授業をやることになった。でも、実際にフナを捕ってきてハサミを入れるんじゃなく、解説付きのDVDを観ただけだ。
確か、肛門からハサミを入れて、喉元のほうへ切り開いていくんだったっけ? フナの皮膚はけっこう柔らかいみたいで、ハサミを使うのは簡単そうだった。
でもさぁ。DVDの中のフナと目の前に横たわってるイッサキと、全然サイズが違うんですけど。
あたしは包丁を取り出した。そろそろお昼だ。おなか減ってる。やってみるっきゃない。
ザラザラのイッサキの体を、むんずと押さえ込む。包丁の先っぽを、尻尾寄りの腹にあてがう。
「……痛ぁっ!」
左手の指に、イッサキの背びれが刺さった。じわーっと血がにじむ。傷を舐めながら、あたしは思わず顔をしかめた。新鮮とはいえ、魚って、やっぱ生臭い。あたしは包丁を置いた。
どーしろっていうのよ、これ? 思案すること十秒。あたしはイッサキをビニール袋に入れ、エプロンを外し、玄関を出た。そのまま、お隣の校長先生のお宅へダッシュ。
奥さん、助けて!
手ぶらで家に帰り着いたら、それを見届けていたかのように、ビビーッ! と玄関のブザーが鳴らされた。この下品でうるさい音、なんとかならないのかな。
「はーい?」
玄関の引き戸を開けると、お客さん。四年生のリホちゃんと、そのおとうさんらしき日焼けしまくったおじさんがいた。おじさんは、大振りのビニール袋を手に提げている。
「タカハシ先生、リホがお世話になります!」
声デカっ。おじさんはガハハッと笑って、あたしにビニール袋を突き付けた。
「何ですか、これ?」
「イッサキたい! 今朝、揚がったばっかりやけん、刺身にしても塩焼きにしても美味かですよ!」
「あ、ありがとうございます。いただいて、いいんですか?」
もちろん、と、おじさんは元気よく言ったので、あたしは袋を受け取った。ずしっと重たい。袋の口からのぞき込むと、青魚系のデカいやつが一匹まるまる入っている。
リホちゃんも交えて雑談をして、明日からどうぞよろしくと頭を下げ合って、リホちゃん父子は帰っていった。
あたしは台所に引っ込んで、イッサキという魚をシンクに取り出してみた。三十センチ定規より長い体。淡いブルーグレーにオリーブがにじんだようなカラーコーディネート。細かい鱗に覆われて、ザラザラしている。真ん丸な目はキラキラだ。
「で、これって、内臓が入ってるのよね? 料理する前に、三枚に下ろさなきゃいけないのよね?」
五年生の理科の教科書にフナの解剖のやり方が載ってる。教育実習のとき、たまたま解剖の授業をやることになった。でも、実際にフナを捕ってきてハサミを入れるんじゃなく、解説付きのDVDを観ただけだ。
確か、肛門からハサミを入れて、喉元のほうへ切り開いていくんだったっけ? フナの皮膚はけっこう柔らかいみたいで、ハサミを使うのは簡単そうだった。
でもさぁ。DVDの中のフナと目の前に横たわってるイッサキと、全然サイズが違うんですけど。
あたしは包丁を取り出した。そろそろお昼だ。おなか減ってる。やってみるっきゃない。
ザラザラのイッサキの体を、むんずと押さえ込む。包丁の先っぽを、尻尾寄りの腹にあてがう。
「……痛ぁっ!」
左手の指に、イッサキの背びれが刺さった。じわーっと血がにじむ。傷を舐めながら、あたしは思わず顔をしかめた。新鮮とはいえ、魚って、やっぱ生臭い。あたしは包丁を置いた。
どーしろっていうのよ、これ? 思案すること十秒。あたしはイッサキをビニール袋に入れ、エプロンを外し、玄関を出た。そのまま、お隣の校長先生のお宅へダッシュ。
奥さん、助けて!