〜鎌倉あやかし奇譚〜 龍神様の許嫁にされてしまいました
あやかしと言えば、人間に悪さをする異形の者と連想するかもしれない。
しかし周りを見渡してみれば、まるで人間の観光客と同じようにカップルだったり、
家族連れだったりが商店が連なる仲見世を楽しんでいる。
こっそりと売っているしらす饅頭をつまい食いしたり、お土産を物珍しそうに見ていたり、
どこから手に入れたのだろうか、器用にスマホを手に記念撮影をしていたり……。
昔話だったらそれこそ人を脅かしたりとかするんだろうけど、
現代ではそれよりも人間の世界を楽しんだほうが得だと思っているのかもしれない。
そんなことを考えながら、人とあやかしがごった返す坂道を私は器用にすり抜ける。
私以外の人間はあやかしには気づかない。
そして私も同じようにあやかしに気づかないふりをしている。
そうすればあやかしは私が見えていると分からないからだ。
自分の身を守る手っ取り早い方法。
見えているからと言って、今は馴れ合いたいわけじゃない。
絶対に彼らに関わらないと決めている。
あの日以来、私はそう心に決めているのだ。
決してあやかしには関わらない。そう決めてこの仲見世通りを抜けて、参拝をするのが私の日課だった。
いつもと同じ日常。
この日も同じように過ごせるはずだった。
しかし、目の前を急に何かが横切って思わず声が漏れる。
「わっ……!」
何かを踏みそうになって慌てて仰け反った。
突然のことに心臓がどくどくと跳ねる。
(な……何?)
影のようなものに一瞬遮られたようで、その先を視線で追う。
とはいえ、この往来でいきなり叫んでしまっては人の目もあやかしの視線も集めてしまうに違いなかった。
ぐっとこらえて、無理やり気持ちを落ち着かせる。
こんなところであやかしに気づかれてはまずいのだ。
胸をなで下ろして飛び込んできた正体をまじまじと見る。
「猫?」
どうやら三毛猫の子猫だった。
もふもふの毛に長い尻尾。まだ体自体は小さいが、毛並みは見事だ。
この江ノ島には地域猫として面倒を見ている猫が多い。
仲見世には募金を募るところもあるし、多分、その中の一匹かと思ったのだが……。
「あ……」
私の想像とは裏腹にひょいっと二本足で立ち始めた。
いわゆるペットの一芸としてではなく、ごく自然に歩いている。
ひょこひょことおぼつかない足取りで周りを見渡しているところを見ると、誰かとはぐれてしまったのだろうか。
(……あやかしだったんだ)
表情の幼さから想像するにまだ子供なのだろう。
私のことなど気にも留めず、辺りをきょろきょろしながら歩いている。
(ひょっとしてお母さんとでもはぐれたのかな? このあたりでは見ない顔だけど……)
往来ではあやかしも人も多い。
最近江ノ島を訪れたのであれば、見失ってしまっても仕方ないと思う。
それだけごちゃついている上に仲見世には脇道に小道もたくさんあるため、
歩き回っているうちに迷い込んでしまったのかもしれない。
(いやいや……、だからと言って私が気にしてどうするの?)
頭を振って割り切ろうとする。
早くお参りを済ませて、家に帰って勉強しなければならないのだ。
自分には時間がないのだ。一秒たりとも惜しいのだ。
(悪いとは思うけど……)
視線を合わせないように足場早に立ち去ろうとする。
隣を通り過ぎた瞬間どすんという音が響いた。
はっとして振り返る。
転んでしまったのだろう。三毛猫のあやかしがばたりと倒れている。
「大丈夫……!」
思わず、手を差し出そうとしてしまう。
いつもだったらこんな軽率な行動は取るはずもない。
しかしその時ばかりはあやかしを気遣う気持ちの方が上回ってしまった。
「……」
三毛猫のあやかしの瞳が私の視線を捉えてじっと見つめ返してくる。
まっすぐな曇りのない瞳で。
まるで、自分のことが見えているのか? と私に語りかけてくるように。
「あ……」
助けなきゃと手を伸ばそうとする私に、頭の中に声が響く。
あやかしと話してはいけないよ
ああ、そうだ。またやってしまうところだった。
私はあやかしから視線を外して、いかにも何も見なかった風に足早に立ち去ろうとする。
薄目で見てみると、あやかしの子供はただ私を呆然として見つめている。
(ごめんね……)
心の中で謝罪の言葉を告げる。
思わずキュッと指先を握ってしまうのは、本当は手を差し伸べて助けてあげたかったからだ。
(でも……決めたことだもんね)
私はスマホにくくりつけたお守りにそっと手を重ねる。
そうするとなんだか心が落ち着くような気がして。
小さい頃の私の癖だった。
見えていても関わらない。
話しかけられていても答えない。
人間とあやかし。それは交わってはいけない関係なのだ。
だからこそ、きちんと線引きをしなければならない。
もう二度とあんなことが起きないように、と……。
それが十年前のあの日、祖母と交わした約束だった。
しかし周りを見渡してみれば、まるで人間の観光客と同じようにカップルだったり、
家族連れだったりが商店が連なる仲見世を楽しんでいる。
こっそりと売っているしらす饅頭をつまい食いしたり、お土産を物珍しそうに見ていたり、
どこから手に入れたのだろうか、器用にスマホを手に記念撮影をしていたり……。
昔話だったらそれこそ人を脅かしたりとかするんだろうけど、
現代ではそれよりも人間の世界を楽しんだほうが得だと思っているのかもしれない。
そんなことを考えながら、人とあやかしがごった返す坂道を私は器用にすり抜ける。
私以外の人間はあやかしには気づかない。
そして私も同じようにあやかしに気づかないふりをしている。
そうすればあやかしは私が見えていると分からないからだ。
自分の身を守る手っ取り早い方法。
見えているからと言って、今は馴れ合いたいわけじゃない。
絶対に彼らに関わらないと決めている。
あの日以来、私はそう心に決めているのだ。
決してあやかしには関わらない。そう決めてこの仲見世通りを抜けて、参拝をするのが私の日課だった。
いつもと同じ日常。
この日も同じように過ごせるはずだった。
しかし、目の前を急に何かが横切って思わず声が漏れる。
「わっ……!」
何かを踏みそうになって慌てて仰け反った。
突然のことに心臓がどくどくと跳ねる。
(な……何?)
影のようなものに一瞬遮られたようで、その先を視線で追う。
とはいえ、この往来でいきなり叫んでしまっては人の目もあやかしの視線も集めてしまうに違いなかった。
ぐっとこらえて、無理やり気持ちを落ち着かせる。
こんなところであやかしに気づかれてはまずいのだ。
胸をなで下ろして飛び込んできた正体をまじまじと見る。
「猫?」
どうやら三毛猫の子猫だった。
もふもふの毛に長い尻尾。まだ体自体は小さいが、毛並みは見事だ。
この江ノ島には地域猫として面倒を見ている猫が多い。
仲見世には募金を募るところもあるし、多分、その中の一匹かと思ったのだが……。
「あ……」
私の想像とは裏腹にひょいっと二本足で立ち始めた。
いわゆるペットの一芸としてではなく、ごく自然に歩いている。
ひょこひょことおぼつかない足取りで周りを見渡しているところを見ると、誰かとはぐれてしまったのだろうか。
(……あやかしだったんだ)
表情の幼さから想像するにまだ子供なのだろう。
私のことなど気にも留めず、辺りをきょろきょろしながら歩いている。
(ひょっとしてお母さんとでもはぐれたのかな? このあたりでは見ない顔だけど……)
往来ではあやかしも人も多い。
最近江ノ島を訪れたのであれば、見失ってしまっても仕方ないと思う。
それだけごちゃついている上に仲見世には脇道に小道もたくさんあるため、
歩き回っているうちに迷い込んでしまったのかもしれない。
(いやいや……、だからと言って私が気にしてどうするの?)
頭を振って割り切ろうとする。
早くお参りを済ませて、家に帰って勉強しなければならないのだ。
自分には時間がないのだ。一秒たりとも惜しいのだ。
(悪いとは思うけど……)
視線を合わせないように足場早に立ち去ろうとする。
隣を通り過ぎた瞬間どすんという音が響いた。
はっとして振り返る。
転んでしまったのだろう。三毛猫のあやかしがばたりと倒れている。
「大丈夫……!」
思わず、手を差し出そうとしてしまう。
いつもだったらこんな軽率な行動は取るはずもない。
しかしその時ばかりはあやかしを気遣う気持ちの方が上回ってしまった。
「……」
三毛猫のあやかしの瞳が私の視線を捉えてじっと見つめ返してくる。
まっすぐな曇りのない瞳で。
まるで、自分のことが見えているのか? と私に語りかけてくるように。
「あ……」
助けなきゃと手を伸ばそうとする私に、頭の中に声が響く。
あやかしと話してはいけないよ
ああ、そうだ。またやってしまうところだった。
私はあやかしから視線を外して、いかにも何も見なかった風に足早に立ち去ろうとする。
薄目で見てみると、あやかしの子供はただ私を呆然として見つめている。
(ごめんね……)
心の中で謝罪の言葉を告げる。
思わずキュッと指先を握ってしまうのは、本当は手を差し伸べて助けてあげたかったからだ。
(でも……決めたことだもんね)
私はスマホにくくりつけたお守りにそっと手を重ねる。
そうするとなんだか心が落ち着くような気がして。
小さい頃の私の癖だった。
見えていても関わらない。
話しかけられていても答えない。
人間とあやかし。それは交わってはいけない関係なのだ。
だからこそ、きちんと線引きをしなければならない。
もう二度とあんなことが起きないように、と……。
それが十年前のあの日、祖母と交わした約束だった。