俺の妻は本当に可愛い~恋のリハビリから俺様社長に結婚を迫られています~
「沙和!」


はっきりと耳に響く声にハッと身体が揺れる。

傍らに立つ辺見さんを構いもせず、すぐにこちらに向かってくる姿に、踵を返してもつれる足を必死に動かして走りだす。


「待て、沙和!」


後方から大きな声が響き、周囲の人が何事かと私たちを交互に見る。

でもその視線を気にしている余裕はなかった。

視界の片隅にとらえた辺見さんは驚いた表情を浮かべていた。


逃げなくちゃ、早く逃げなくちゃ。

これ以上あの人を好きになってしまう前に。


久しぶりに聞く大好きな声と変わらない姿。

こんな状況でも名前を呼ばれて嬉しくて泣きたくなるなんてどれだけ好きなのだろう。


諦めると決めたはずなのに決意が簡単に揺らいでしまう私はとても弱い。

この気持ちを受け入れてもらえないのなら、もう放っておいてほしい。


懇願にも似た願いは届かない。

話を聞いてしまったらこれ以上恋心を封印できなくなる。

また期待してしまう。


悲しみにも似た苦しみを繰り返すだけ、そんな不毛な想いはもう嫌だ。

辺見さんのようにつらい想いを抱えたくない。

精一杯の弱い私の矜持だ。


「待てって!」


愁さんの口調がやや乱暴なものに変わるが、振り向きもせず走り続けた。

けれど足の長さの違いなのか、しばらく走ったところで逃げきれずに追いつかれ、腕を取られてしまった。
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