さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
⚖️ Chapter 1
どう見ても場末にある半地下の、看板も出ていない店の怪しげなドアを、わたしはまるで家に帰ったかのように迷わず開けた。
薄暗いオレンジの間接照明に照らされ、ダークブラウンの年季の入った調度品が目に入る。
正面に見える、山桜を切り出してつくられた一枚板のカウンターでは、一人掛けにしてはやけにゆったりしているアームソファを二脚ぴったりと寄せて、二人の男女が座っていた。
「……やっと来たか。遅すぎる」
彼らから二席ほど離れたところで呑んでいた茂樹が、こちらに振り返った。
立ち上がれば一八〇センチくらいの長身、
漆黒の髪、面長の輪郭、切れ長の鋭い目、
通った鼻筋、そして薄いくちびる……
「酒臭いな。こんな時間まで、どこをほっつき歩いていたんだ?」
苦虫を噛み潰しまくった顔で、いきなり言われた。
——はあぁ?
そのとき、わたしの脳裏で、ぶちっ、と音がした。
「なんにも知らないで、人をまるで遊び歩いてる尻軽女みたいに言わないでよっ!
今日も休出して、あんたんことの会社のプレゼン資料をつくってたんでしょうがっ!
終わったあと、頼んで出勤してもらった部下を労うために店で呑むくらい、いいじゃんよっ‼︎」