一樹君の恋人は天使なんです
「あの時も言ったよな? 「私は悪魔」だって」
「だって…私は…貴方の大切な人を、死なせてしまったから…」
そう答えた悠の瞳が潤んできた。
「お前が死なせたわけじゃない。あれは、水穂子が決めたことだ。誰のせいでもない。お前は助けてくれようとした、それだけだ」
「でも…できなかったから…」
「だからと言って、お前を責めたりしていない。水穂子も、そんな事は思っていない」
「…もっと…一緒にいたかったでしょう? …愛している人だもん…」
スッと悠の目から涙が頬に伝った。
「そうだけど。運命には、逆らえないだろう? 」
「でも…」
泣き出してしまった悠を、一樹はそっと抱きしめた。
「お前は天使のままだ。…水穂子がいなくなって、俺が悲しむのが嫌で助けようとしてくれたんだろう? その気持ちだけで、俺も水穂子も救われている。感謝しかない。だから、もう自分の事を責めなくていい。亡くなった人は、生きている人間が幸せになる事を望んでいる。だからもういいんだ10年も経過している事だから」
一樹に抱きしめられ、悠は声を殺して泣き出してしまった。
今まで抑えていた悲しみが溢れてきたようで…
悠を抱きしめながら、一樹は今からちょうど1年前の事を思い出していた。
1年前の夏が始まるころ。
毎朝ジョギングをしている一樹が、まだ人気のない公園を走ってきた時。
公園の大木のてっぺんから、すーっと降りてきた一人の女性がいた。
白装束に身を包んで、綺麗な金色の髪で、とても綺麗な顔立ちをしている切れ長の目をした女性。
その女性はどこか悠に似ている。
髪の長さが腰まで届くくらい長く、どこかのお姫様のように見えた。
一樹は足を止め女性を見つめた。
あまりに綺麗な女性を見て、一樹は
「天使だ…」
と、呟いた。
すると女性は口元で軽く笑って
「私は天使なんかじゃない、悪魔よ」
と言った。
驚いたまま茫然としていた一樹。
女性はそのままスーッと去って行った。
その女性が忘れられず、ずっと気になっていた一樹。