一樹君の恋人は天使なんです

「もしもし? …夏樹? どうしたんだ? …あ、ああ知っているが。…え? …ああ…分かった。…」


 電話を切ると、一樹はフッと一息ついた。

 ため息をついた一樹は、ふと、悠の指に切り傷があるのを目にした。

「あれ? 怪我してるじゃないか」

「あ、これは…別になんともないので…」

「何言っているんだ。血が出ているじゃないか」


 カバンから絆創膏を取り出して、一樹は悠の傍に行き切り傷に巻いた。

 切り傷は数か所あった。

 見た感じ包丁かピーラーで切ったようだ。


「有難うな、こんな怪我までして作ってくれて」

「いえ…少しでもと思っただけなので…」

「今度は一緒に作ろう。そのほうが、覚えやすいから」

「はい…」


 そっと悠の頭を撫でる一樹。



 見てくれはイマイチでも、悠の作ったカレーはなかなか美味しかった。


 夕食を食べ終わると一樹が後かたずけをしてくれた。


「ねぇ、悠里」

「あ…はい…」


 本当の名前で呼ばれると、悠はちょっと緊張した表情で振り向いた。


「ん? どうしたんだ? そんなに驚いた顔して」

「いえ。その名前で呼ばれるのは、随分なかったと思われ…」

「そうなのか? 」

「はい。少し前に母から呼ばれたくらいで…」

「そっか」


 一樹は悠に歩み寄って、隣に座った。


「これからは、本当の名前で呼ぶから。だから、もう男のふりなんてするな」

「はい…でも、お仕事では。そうしないといけないので…」

「そうだな。仕事中はそのほうが良い。他の奴が気づいたら、絶対言い寄って来るからな」

「そんな事ないです…」


「お前は何も気づいていないだろうが、他の奴ら、結構お前の事を気にしているぞ。美恵さんなんか、お前が女じゃないかって言っていたくらいだぜ」

「え? バレているんですか? 」


「まぁ、俺がごまかしといたけど。美恵さんは子育て終えている、ベテランだからな」

「そうですか…」


 しゅんとして俯く悠の頭を、一樹はそっと撫でた。

「心配するな、俺がちゃんと護ってやるから」

 
 そっと悠を抱きしめる一樹。


「…私は…貴方の事務所にはもう、行かないほうが良いのでしょうか? 」

「なんで? 」

「京香さんが…怖くて…」


 そう答える悠が、ちょっと震えていた。
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