極上弁護士の耽溺プロポーズ
「……鍵はまだ返さない」

静かにお箸を置きながら低い声で呟いた柊一くんに、わたしはここに閉じ込められているような疑念をとっさに抱いてしまった。

自分の部屋が一番安らげるのは言うまでもないことで、帰ることをここまで柊一くんに阻まれるのは変だ。

そう思いつつも昨日のように凄まれるのが怖くて黙り込んでしまう。

「今は、少しでも一緒にいたいんだ」

そう言いながらひたむきにわたしを見つめる柊一くんに、わたしは無意識のうちに目を奪われていた。

「……」

「明日はもっと早く帰れるようにする。それにどうしてもひとりでここにいるのが嫌なら、うちの事務所を手伝ってくれないか。それならそばにいられるだろ。……だから、頼むから……帰りたいだなんて言わないでくれ」

柊一くんは切なそうに眉を寄せた。

その途端にわたしはズキンと胸が痛んで、自分が悪いことを言ったような気になった。

結局わたしは自分のことしか考えていなかったのかもしれない。

わたしがふたりの関係を忘れていても、柊一くんは覚えているのだ。

こんな不安定な状態のときに離れたくないと思うのは、恋人同士なら当然のことかもしれない。

それにわたしだって何も覚えていなくても、柊一くんにこんなつらそうな顔をさせたくはなかった。

「……わかった。……わがまま言ってごめんね」

小さな声で呟くと、柊一くんは安堵したように微笑んだ。
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