【短編】澱(おり)
「俺のこと、嫌だったんじゃねぇの?」

「嫌とまでは言ってないけど。とにかく、こんな状況だし、一時休戦だよ。でも雨が止んだら帰ってよね」


この大雨の中、ずぶ濡れのままで圭吾を追い返すほど、私はひどい人間にはなれなかった。

何だかんだ言いながらも、昔の情は残っているのだろう。


髪の毛が乾く頃、スマホに母からの着信が。



「沙奈ー? そっち、雨降ってる?」

「うん。ちょっと前から降り出したよ」

「そうなの? こっちは飲み会が終わって帰ろうと思ってたら、踏切事故で電車が止まっちゃって、しかも大雨でいつ復旧できるかもわからないって」

「えー? マジで?」

「駅には人だかりで、タクシーも乗れそうにないから、今日はもう諦めて、漫画喫茶で朝まで待とうかって、今同僚のみんなと話してて。ほら、明日は日曜日で休みだし?」

「そっか。わかった。こっちのことは気にしないで。また帰る頃に連絡ちょうだい」

「悪いわね。じゃあ、家のことよろしくね」


電話を切ったら、圭吾に見られていた。



「おばさん?」

「うん。飲み会帰りで電車ストップしちゃったから、漫画喫茶に泊まるって」

「漫画喫茶? おばさんが?」

「営業の合間で時間潰すために、普段からよく行ってるみたいで、雑誌読みまくってるから私より流行りものに詳しかったりして」

「へぇ。営業かぁ。そんなイメージなかったけど。何かたくましいな」
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