【短編】澱(おり)
「えっ、何? ふたり、知り合いだったの?」


横でおろおろと言う、結衣と翔太くん。

しかしそちらを気にしている余裕はなかった。



「お前、ほんとにあの沙奈だよな?」


戸惑った様子で、圭吾は私との距離を詰めてくる。

母の泣き声と、グラスの割れた音が、鼓膜の奥で響いた。



「ごめん。帰る」


言うが先か、きびすを返して足を踏み出す私。



「沙奈!」

「さーちゃん!?」


結衣と翔太くんの声が背中に響いたが、それでも私はその場から逃げるように駆け出した。



今朝の夢が、頭の中でぐわんぐわんと揺れていた。


あの頃のことを、どれほど忘れたいと願ったことか。

それでも4年経って、やっと少しずつ落ち着いた日常を取り戻したと思っていたのに、なのにまさか、今になって圭吾に会うなんて。




人混みを避けながら、夢中で走っていたはずなのに、



「沙奈!」


と、呼ばれたと同時に、腕を掴まれた。


反射的に振り返ると、その手は圭吾のものだった。

息も絶え絶えの私とは対照的に、圭吾はほとんど呼吸が乱れていない。



「相変わらずの鈍足で助かったよ」


いきなりの悪態。

昔は私とそんなに身長も変わらなかったのに、なのに今は見下されているような気分だ。
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