婚約破棄された悪役令嬢は、気ままな人生を謳歌する
 ラスカル大臣自身も込み上げる吐き気と闘いながら、どうにか背後を振り返る。

 すると、あの赤毛の少年が、アンダースローの体勢で静止していた。ラスカル大臣と目が合うと、少年はニッと大きな口に半円を浮かべて微笑む。

 悪臭を放っているあの果物は、彼が投げたと見て間違いないだろう。

「もやしの聖女様の言う通りだ。本当に武器になったべ」

(また、もやしの聖女様か)

 ラスカル大臣の身を助けたこの果物も、もやしの聖女様からもらったようだ。もやしの聖女様は、ラスカル大臣がここで襲われることを予見して、少年にそれを持たせたのかもしれない。

「なんと、尊い……」

 芸術性に富み、機転に優れた聖女のいる国。そんな尊い国を、放置などしては罰が当たる。

 ましてや欲に満ちたハイランド王国の手中に落ちるなど、もっての外だ。

 ラスカル大臣は、考えを改める。

 あまりの悪臭に恐れをなし、ラスカル大臣の侍従たちをはじめ、周囲にいた人々は皆姿を消していた。

 閑散としたバザールの中ほどに佇み、鼻で空気を吸い込むまいと必死に耐えながら、ラスカル大臣は再びアッサラーン城に赴き友好条約を締結することを心に誓ったのだった。
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