婚約破棄された悪役令嬢は、気ままな人生を謳歌する
 この国の頂点に立つ男を婚約者に持ちながら、見向きもせず、他に男がいることを堂々と公言するなど許せない。嫉妬心が憎悪へと変わった瞬間だった。

「――どうしてこうなった?」

 庭園の隅に植わった木を、苛立ちのあまり蹴り上げる。ゆさゆさと揺れた木から、新緑の葉が幾重にも彼の銀髪に降り注いだ。

『スチュアート殿下。どうか俺を、“悪魔の塔”に幽閉してください』

 騎士団長のビクターが、自ら強引に団長を辞任したあと、唐突にそんな申し出をしてきたことを思い出す。乳兄弟であるビクターは、スチュアートより二歳年上で、幼い頃から兄のように慕っている頼りがいのある男だった。

『俺は、アンジェリ―ナ嬢と恋仲でした』

 あのときは、怒りのあまり周りが見えなくなってしまった。

 まさかアンジェリ―ナの浮気相手が信頼を寄せる彼だったなど、思いもよらなかったからだ。憎悪が込み上げ、ビクターもアンジェリ―ナもろとも“悪魔の塔”で朽ち果てればいいと思った。

 だが、今は違う。

「――ともに、朽ち果てさせてなるものか」

 ふたりが恋仲ならなおさらだ。今こそ自分の権力を振りかざし、ふたりの仲を裂かねばならない。

(彼女を取り戻す……!)

 自分勝手な決意を胸に強く抱いたスチュアートは、銀色の瞳を光らせ、遠く“悪魔の塔”が建つ最果ての地の方向を睨み据えた。
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