婚約破棄された悪役令嬢は、気ままな人生を謳歌する
 アンジェリ―ナに初めてあったその瞬間、ビクターはまるで雷に撃ち抜かれたような衝撃を受けた。

 不思議だった。年頃になっても、女に全く興味を持てなかったのに、一瞬にして頭の中がアンジェリ―ナ一色に染まってしまったのだ。

 そして無性に、どうしようもないほど、彼女に冷たくしたくなった。

『どうも』

 そっけなく答えると、ビクターはアンジェリ―ナから視線を逸らす。アンジェリ―ナはきっと、困った顔をしているだろう。それを想像すると、感じたことのない愉悦に浸れた。

『おや、ずいぶん素っ気ないな、ビクター? アンジェリ―ナ、許してやってくれ。いつもは礼儀正しいやつなんだが、今日は虫の居所が悪いらしい』

 スチュアートがビクターの不躾な態度をフォローする。

『承知いたしました』

 アンジェリ―ナはしごく落ち着いた声で、そう答えていた。

『では行こう、アンジェリ―ナ。ビクター、またな』

『はい』

 スチュアートはアンジェリ―ナの腰に手をあてがい、彼女を誘いながら、ビクターの前から遠ざかる。

 あの柔らかそうなローズレッドの髪は、どのような香りがするのだろう?
 
 あの薄桃色の唇は、いったいどんな感触がするのだろう?

 彼女の笑顔は、どれほど美しいのだろう?

 スチュアートはアンジェリ―ナの後ろ姿を見送りながら、いつまでもそんな妄想に駆られていた。
 
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