婚約破棄された悪役令嬢は、気ままな人生を謳歌する
 焦れたアンジェリ―ナは、半ば無意識のうちに動いていた。

 ビクターのシャツの裾を引き、強引にこちらを振り向かせる。

 そして背伸びをすると、彼の唇に自らのそれを押しつけた。

「………っ!」

 さまざまな人物の声にならない驚きの声が、食堂内の空気を震撼させた。

 唇を重ねている間に、ビクターの澄んだブルーの瞳が視界に入り、アンジェリ―ナはそうっと目を閉じた。

 頃合いを見計らって、ゆっくりと唇を離す。

 続いて体も離そうとしたが、どういうわけか逞しい二本の腕にとらわれる。気づけばアンジェリ―ナは、ビクターの胸にきつく抱き込まれていた。

(え……?)

 ビクターの硬い胸板から、早鐘を刻む心臓の音が聞こえる。

 予想外の彼の行動に、アンジェリ―ナは赤面したまま固まってしまった。

「目の前でキスなど――なんたる屈辱」

 獣の唸りのような、重低音の声がした。

(そうだ、スチュアート様)

 スチュアートの存在を思い出したアンジェリ―ナは、慌ててビクターの腕を解こうとしたが、彼はアンジェリ―ナを離そうとはしなかった。

「よくもこの私を侮蔑してくれたな。おかげで目が覚めた」
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