婚約破棄された悪役令嬢は、気ままな人生を謳歌する
 アンジェリ―ナは、手にしていた瓶をトーマスに差し出した。中には、焼き上がった蜂蜜クッキーがびっしり詰まっている。

「これ、ララから」

「……へ?」

「トーマスのために焼いたんですって。貰ってあげて」

 トーマスの髭で覆われた顔が、みるみる赤くなっていく。

 クッキーを焼いた理由をララに問うと、『秘密』と答えた。それが本当は自分のためだったなど、惚れるほかないだろう。

 案の定、トーマスは激しく動揺していた。まるで中学生のように、恋の始まりの予感に狼狽えているのだろう。

「あ、あ、ありがとうございますだ……」

 おぼつかない手つきで瓶を受け取り、そのままぼうっと立ち尽くしている。

(これは、完全に落ちたわね)

 そう実感しながら、アンジェリ―ナは速やかに監視小屋を離れる。

 曇天の空の下、生い茂る雑草を掻き分けながら塔へと近づいていく。

 だが、ふとアンジェリ―ナは足を止めた。

「――だから、何?」

(つまらない! 驚くほどつまらないわ!)
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