三月のバスで待ってる



「……あの」
つい、声をかけていた。
「ごめん、なんだった?」
パッと顔をあげた想太が私を見た。たったいま夢から覚めたみたいな顔から、いつもの笑顔になる。ごく自然に。でも、私にはそれが、秘密を必死な隠そうとしているみたいに見えた。
「……いえ、何でもないです」
私は苦笑いを残してバスを降りた。
毎日、バスを降りた時、想太も一緒に降りてきてくれると嬉しかった。
今日あったことを話すのがいつしか楽しみになっていた。
朝のあいさつの続きみたいな何気ない会話も、ほかのお客さんたちとの和やかな会話も。
バスに乗る楽しみになっていた。
会話がなくなったわけじゃない。表面上はいつもと変わらないように見える。
だけど、ふと運転席に座る横顔を見ると、どこか疲れているような、悩んでいるような顔をしている。
変わったのは、たぶん、1ヶ月前ーー
あの女の人が現れてからだ。
高そうなコートを羽織り、高そうな車に乗って去っていったあの人は、いったい誰だったんだろう。
気になるけれど、踏み込んではいけない気がして、なにひとつわからないままだった。
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