三月のバスで待ってる

杏奈たちと別れて、駅からバスに乗った。いつもと違う道を走る、想太の声が聞こえないバス。
駅から出るバスはいつも人が多い。私は乗り降りする人の邪魔にならないよう、壁際に立って柱に手を添える。
人混みが苦手だった。誰も私を見ていないと分かっていても、常に誰かの視線を意識していた。
ーーでも、もう気にしなくていいんだ、と思う。
怯える必要なんてなかった。
だって、ちゃんと言えたから。
私は変わったって、言葉にして言えたから。
流れる窓の景色を、憑物がはがれたような、すっきりした気持ちで眺めた。
途中のバス停でブザーが鳴って、私も降りる人の流れに続く。
切符を通して降りかけたけれど、ふと足を止めて、
「ありがとうございました」
とおじさんの運転手さんに言った。
運転手さんは少し目を開いて、それから「こちらこそ、どうもありがとう」と丁寧に返してくれた。
ありがとうっていい言葉だな、と思う。簡単な言葉だけれど、言わなくても問題はないけれど、言ったほうも言われたほうも気持ちよくなる魔法の言葉。
こんな風に思えるようになったのは、いつも「ありがとう」と笑顔で声をかけてくれる想太のおかげだ。
そのまま家に帰ろうかと思ったけれど、ふと思いついて、あのバス停に寄っていくことにした。いないかもしれないし、話す時間なんてないかもしれないけれど。
単純な言葉で言えば、会いたかった。理由なんてなくて、ただ会いたいと思ったら、自然とそこに向かう足がはやくなっていった。
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