三月のバスで待ってる
「あの……っ」
口を開いたものの、なんて言っていいのかわからない。やめてくださいなんて、とても言える雰囲気じゃない。でもーー
「あなたは?」
彼女は冷たい視線を私に向けた。いま初めてここに人がいることに気づいたみたいに。
「わ、わたしは……わたしは、いつもこのバスに乗ってて」
言いながら、もっとまともなことが言えないのかと情けなくなった。友達でも恋人でもない、バスの運転手と乗客。毎日会って話をする関係でも、それ以上は何もない。
「そう。じゃああなたには関係ないわね。これは家族の話だから」
彼女はピシャリと言い放った。
「……ごめん、深月ちゃん」
苦しそうな、押し潰されてしまいそうな声が、伝えていた。帰ってくれ、と。
そう言われたら、私はもう何も言えなかった。
「……失礼しました」
私は頭を下げて、その場を走り去った。
何もできなかった。苦しそうな想太の横で、私は何も言えなかった。
力になりたい、助けたいなんて。
私にもできることがあるかもしれないなんて。
何ひとつできることなんてないのに、思いあがりだった。
ーー母さん。
想太がつぶやいた言葉。ほとんど聞き取れないくらい、小さな声だったけれど、たしかにそう言った。
似ているのに、全然似ていない目。
家族に向けるものとは思えない、ぞっとするほど冷たい目だった。