三月のバスで待ってる
10.『感謝の気持ち』
昼休憩の時間。杏奈たちが、スマホを見ながら盛り上がっている。
「やっぱり定番のクッキーかなあ。たくさん作ってみんなに配りたいし」
「マフィンもいいよね」
「あとトリュフと生チョコとー」
「それ自分で食べたいやつでしょ」
この3人だけじゃない。あちこちの女子たちの間で、そんな会話が囁かれている。
2月のイベントといえばバレンタイン、なのだろうけれど……。
「深月はどうする?」
急に話を振られてぎくりとする。
やっぱりこういう時は、乗ったほうがいいんだろうか。仲のいい子くらいにはあげるべきなんだろうか。
正直、あまりピンときていなかった。
チョコは好きだけれど、誰かのために作って渡すということは、いままでになかったから。
ーーいや、そういえばあった。
小学校の頃は、お母さんと深香と3人で作っていたっけ。カップに溶かしたチョコを流して、トッピングをして、冷蔵庫で固めて完成。かわいらしい袋とリボンでラッピングをして、お父さんとクラス全員に配って、残った形のいびつなチョコは3人で分けて食べたんだ。
いまでは考えられないけれど、たしかにそんな楽しい思い出もあったのだ。
「……私は、これから考えようかな」
苦笑いで答えると、杏奈が「えーっ」と不満そうな顔をする。
「せっかくだから好きな人にあげようよ」
「ええ、いいよ、私は」
「べつに告白しなくてもいいんだよ?日頃の感謝の気持ちってことで」
まあまあ、と上原さんと小西さんが笑ってなだめる。
2人には、年上の好きな人がいると打ち明けた。恥ずかしかったけれど、「櫻井さんは大人っぽいから合ってるかも」と応援してくれた。
「べつにあげなきゃいけないわけじゃないし、友達同士だけでいいじゃん。ね?」
「う、うん」
優しい助け舟を出してもらってホッと息をついた。