三月のバスで待ってる



週末の朝。杏奈から電話がかかってきた。
「チョコの材料、一緒に選びに行かない?」
正直あまり乗り気ではなかったけれど、家にいてもすることがないので行くことにした。
初めて見るデパートのバレンタイン特設売り場。
見渡すかぎりチョコ一色で、その種類の多さに圧倒された。
「すごい。こんなにあるんだ……」
「ねー、迷うよね。あたしまだ全然決まらなくて」
何事もあまり悩まずにパッと決めてしまう杏奈にしては珍しいと思った。
もしかして、と思ったことを尋ねると、杏奈がまたしても珍しく神妙な顔で頷いた。
「うん、今年こそ告白しようと思って」
私は目を丸くした。
「そうなんだ、すごいね」
「すごくないよ。中学の時からずっと片思いで、マネージャーまでやってるのに毎年勇気が出なくて、結局来年でいいやっていつも先延ばしにしてたの」
でも、と杏奈が苦い顔で続けた。
「バスケ部の子が、鈴村にチョコあげるって言ってるの聞いたら、なんか、急に焦っちゃって」
「そうだったんだ……」
そんなに長い間好きでい続けられるのもすごいけれど、
その長い時間でつくってきた関係を変えるのは、きっと、すごく勇気がいることだと思うから。
私にはできないことだと思うから。
「やっぱり杏奈はすごいよ。その気持ちは、絶対に伝わると思う」
「そうかな、ありがと」
杏奈は顔を少し赤くして笑った。
「さ、選ぼ選ぼ。あ、あっちで試食やってる!」
さっきまでしゅんとしていたのに、一瞬で元気を取り戻して私を引っ張っていく。
さすがだな、と私は思いながらその後をついていった。

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