三月のバスで待ってる

「深香……」
深香はわかっていて来たのだろう、驚きはしないものの、気まずそうに目を逸らした。けれどすぐに顔をあげて、「あのさ」と口を開いた。
「……あたしも一緒にチョコ作っていい?」
「えっ?」
思いもよらない言葉に、私はさらに動揺を隠せなかった。
「お姉ちゃん、ブラウニー作るんでしょ?あたしもちょうど、同じの作ろうと思ってたから」
スーパーの袋を持ち上げて見せ、淡々と話す深香を、私は唖然としながら見つめる。
「で、いいの?ダメなら……」
「いいよ」
私は言った。それから言い訳のように、ぼそりと付け足した。
「……ちょうどいま、つまづいてたし」
「だろうと思った。お姉ちゃん、こういうのダメそうだし」
「ダメって……深香はできるの?」
「できるよこれくらい。家庭科の調理実習とかけっこう得意だし」
これくらい、という言葉に軽くショックを受けつつ、でもそれ以上に、この状況に頭がついていけていなかった。
深香は私を嫌っていると思っていた。恨んでいると思っていた。でも、いまの深香の様子からは、少しもそんな気配を感じなかった。

むしろ、昔に戻ったような……
いままでとは明らかに違う雰囲気に戸惑ってしまう。

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