三月のバスで待ってる
深月の声に、ハッとする。
「あ、うん……」
「しっかりしてよ。もたもたやってたら明日になっちゃうよ」
その呆れた口調はお母さんにそっくりで、私はなんだかおかしくなって、急に笑えてきた。
「そうだね。やっちゃおう。……で、なにすればいいの?」
そう言うと、深香はまた呆れ顔でため息を吐いた。
さすが調理が得意だと言うだけあって、深香は手際よく下ごしらえをし、材料をはかりにかけて混ぜ合わせ、その合間に私にこれやって、次はあれやって、と指示を出していく。私は姉という立場をいったん頭の隅に置くことにして、はい、はい、と素直に指示を聞くことに徹した。
始める前はよくわからなかった難しそうな説明も、実際に目の前で見てみるとそういうことかと納得する。深香はもしかしたらそういう才能があるんじゃないか、と思うほど本当に手際がよく動きに無駄がない。
生地を型に流し入れ、オーブンのスイッチを入れる。あとは焼き上がるのを待つだけ。
途方もないように思えていたのに、あっという間にできてしまった。
「すごいね。深香がお菓子作りが得意なんて、全然知らなかった」
「あたしもはじめたのは最近なんだけど……じつは、家庭科部に入ったんだよね」
「えっ、そうなの」
「うん、どこかの部活に入らなきゃいけなかったから、適当に選んだんだけど、意外と楽しくてさ」
照れくさそうに話す深香を、私は意外な気持ちで見つめた。
こんな日常会話すら、私たちはずっとしていなかった。
あの事件以来、ずっと、私たちはお互いに向き合うことを避けていた。
直接聞いたわけじゃないけれど、私が起こしたことのせいで大変な思いをしただろうことは容易に想像できる。ただ妹というだけであることないこと言われ、友達も離れていって、おまけに転校まで余儀なくされて、辛かっただろう。恨まれて当然だと思った。
でも、深香のほうから、歩みよってくれた。
私からはできないのが、わかっていたから。