三月のバスで待ってる
◯
今日こそ訊こう、と思った。
明日訊こう、いや、あと1日待とう、そんな思いの繰り返しで、ずっと先延ばしにしてしまっていたけれど。
でも、何も知らないでいるより、このまま何もできずにじっとしているほうがずっと辛かった。
バスが停車して、私は席を立った。
「あの」
私は運転席に座るその人に声をかけた。
彼が振り向いて、私に笑いかける。
「どうしました?」
その人の名前は、関さんという。直接聞いたわけではないけれど、制服についている名札にそう書いてある。
聞き覚えのある名前だった。関さん、と彼はよく親しみを込めてその名前を呼んでいた。
「あの、そ……このバスの前の運転手さんのことで訊きたいことがあるんですけど」
関さんは少し目を開いて頷いて、そして納得したように頷いた。
「ああ、想太のこと」
私はこくんと頷いた。
その親しみのある呼び方から、やっぱりこの人が、想太が言っていた「関さん」だと確信する。
「最近見かけなかったから、その……」
バスに乗る前から言葉を用意していたのに、いざとなると口に出すのが怖くなる。
訊くのが怖いんじゃない。怖いのは、本当のことを知ることだ。
バレンタインの次の日、想太はバス停に現れなかった。いつもより少し遅い時間にやってきたバスに乗っていたのは、知らない人だった。それからしばらくして、運転手が関さんに変わった。
この人だ、と直感した。この人が、想太がよく話していた、「関さん」だ。